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砂の城  作者: F
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1日

休みの日なのに、何をやってるんだろう…

サヤはパソコン前に座りながら、窓の外に目をやる。

洗濯物が、カラッと乾きそうないい天気。

出来れば雨が良かった。


公休日で誰もいない現場事務所は、パソコンを叩く音だけでシンと静まり返っている。

話しかけられたりして中断する事もないので、仕事が進むのはいい事なんだけど。


昨日までにやり切れなかった、絶対終わらせたい仕事、出来ればやっておきたい仕事、を片付けておいて、週明け急な仕事が入っても大丈夫なようにしておきたい。


何台か車があったので、サヤと同じように出勤してる人がいるらしい。

みんなに、お疲れ様、と言ってあげたい。


絶対終わらせたい仕事に目処がつき、ほっと一息ついた時、足音がしたと思ったら、事務所の扉が開いた。


「サヤさん!」

「秀人!」


こんな休みの日に居るとは思わなかったので、単純に驚く。


「どうしたの。昨日まで出張じゃなかった?」

「良かった。現場事務所に明かりがついてたから、誰か居ると思って…」


秀人の様子から急いでるのが、わかる。

「材料見て欲しいんだ」


一緒に倉庫に移動しながら、秀人が説明する。

「出張中の溜まった書類を片付けにきたんだけど、注文書がそのままになっちゃってて」

「納期はいつなの?」

「それが月曜日で、もし材料の在庫があれば機械はうちの課長が動かしてくれるって…」


データ上では、ギリギリあるかないかの瀬戸際だ。

あとは現物を見て、判断するしかない。

保管棚に行って材料を確認するが、ひと目見て2人とも察してしまう。

ちょうど真ん中辺りに、継ぎ目が入ってしまっている。


「避けて製品数取れる?」

秀人が、手のひらを使ってだいたいの寸法を測り、首を横に振った。

良く出る材料なら、在庫にも余裕があるが、残念ながらこの材料は他に在庫がない。


「納期変更頼むしかないかぁ」


営業を始めて数ヶ月だと、日が浅い分お客様との信頼関係を損ねてしまう事になりかねないため、なかなか言いにくいと思う。


何かないか、とサヤは頭をフル回転させる。

「秀人、念の為データに載ってない材料棚も見てみよ」


サヤが率先しては少し離れた所にある、隅に寄せられた棚に移動する。


「ここには、試作で残った材料が置いてあって、在庫データには載ってこないんだよ。隅に追いやられちゃって可哀想だから、たまにホコリを払いに来てあげるんだけど…」


サヤは保護してある、カバーを取る。

私の記憶が合ってれば…


サヤが上から順番に、材料を探っていく。

数枚めくった時、サヤの手が止まり、秀人を見た。


1枚材料を抜き取る。


「はい、欲しがってた材料だよ」

「えっ?えっ?」


「確信はなかったけど、あって良かった」

「すっげー。サヤさんありがとう!」


秀人が喜ぶ姿は単純に嬉しい。


「早く行って課長に加工してもらって」

「本当にありがとう」


サヤがまたカバーを戻していると、行きかけた秀人が戻ってきた。


「バタバタしちゃって言えてなかったけど、帰る時に寄ってくれる?。サヤさんに出張土産あるんだ、チョコのやつ」

「ホント?」

「ホント、ホント。だから寄るの、忘れないでよ」


秀人は笑顔で手を振って走って行った。



順調に残りの仕事を終えて、本社棟へ移動する。

サヤが終わるまでに、現場事務所には来なかったから、まだ仕事をしているだろう。


営業課をそっと覗くと、秀人がちょうどこちらに出てくる所だった。

他には誰もいない。


「終わった?」

「うん、秀人は?」

「もう少しかかりそう…お土産先に持ってくるよ」


また引き返す秀人の背中越しに

「何か手伝えることある?」

と声をかけると、クルッと振り返った。


「…いいの?」

急に小声になるから怖い。

「…私に出来る事ならね…」


「今、課長が加工してくれてて、同時進行で梱包してるんだけど、一緒に梱包やってくれる?」

そんな事ならお安い御用だ。


「あっ、でも私、帽子取りに行ってこないと」

工場内に入る時は、異物混入を防ぐ為に帽子を被る事になっている。


秀人は、自分の机から帽子を持ってくると、そっとサヤに被せた。

サヤと視線を合わせるようにして優しく。


「サヤさんは、オレの被って。オレはこのへんのやつ適当に被るから」


こういう小さな事が積もって、苦しくなる。

こんな事、秀人にとってはなんでもない事なんだろうけど。


工場内に入ったサヤの姿を見ると、「さっきは秀人が世話になったみたいで…」と、坂本課長が出迎えてくれた。


細かく裁断された製品を、決められた数に分けて、小袋に入れていく。

先に加工が終わった課長が、梱包に加わる。


しばらく出張の成果を報告する、上司と部下の会話だったので、サヤは邪魔にならないよう静かに作業していた。

秀人の仕事に対する熱意を感じながら。


「しかしなぁ、なんで注文書類がまわってなかったんだ?」

課長が今回のそのものの原因を探り出した。


「お前、麻生に言っておいたんだよな」

「はい…急ぎの要件の書類は回して欲しい、と」


あぁ、あれか、と課長が呟く。

「お前、アレか、まだ麻生とデートしてないのか」

秀人とサヤの目が一瞬合う。


「だから麻生がふてくされて、仕事放棄したんじゃないか」

「いやいや、僕は麻生さんとデートの約束なんてしてませんよ」


焦る秀人に追い打ちをかける課長。

「そうかぁ、オレは風の噂で聞いてたけどな、ねぇ、向井さん」


サヤが頷く。

「聞いてました」

平然と答えるサヤに、秀人がしかめっ面をする。


話から察するに、〝麻生さん〟が秀人と同期の可愛い子なんだろう。


「お前ら本当はどうなってるんだ?

ねぇ、向井さんも聞きたいよなぁ?」

「はい、聞きたいです」

どこまでも課長にのっかるサヤは、わざと秀人と目を合わせない。


秀人はあー、とかうーん、とか迷いに迷っている。

「今は誰とも付き合う気はないと、ちゃんとお断りしました」

秀人が、ボソボソ答えた。


サヤは自分の心臓が高鳴るのを感じるが、もちろん平然を装う。


「お前、バカだなぁ。そこは上手くやらないと!」

「結局課長はどっちの味方なんですか!」


サヤが思わず噴き出す。

何かの糸が切れたように。


「サヤさんもズルいよ」

秀人はくぅ~と泣きそうな声を出す。


きっと麻生さんの事を思って、悩んだんだろうな、どこまで話していいのか。 

秀人はそういう人だ。


全ての梱包が終わって、送り状を貼った荷物を小脇に抱えた秀人は、今から宅配便の営業所に直接持ち込むのだという。


課長は機械の電源を落とす為にまだ工場内に残った。


「サヤさん、今何食べたい?」

秀人と営業事務所に向かう階段をゆっくり上る。


「ほかほか美味しい白米が沢山食べたいなぁ」

ご飯に合うおかずで、とにかくお米を沢山食べたい。

お昼を食べそこねてしまったから、何でも美味しく食べれるけど。


「おぉ、偶然!いいとこ知ってる」

秀人が腕時計を確認する。

「サヤさん、この後ご飯行こ」


秀人が携帯を取り出す。

「連絡先教えて、後で迎えに行く」




秀人が連れてきてくれた店は、カウンター席と座敷席が3組だけのこじんまりとした、居酒屋風のお店だった。


店に入ると、まず女将さんが

「秀人が女の子を連れてきた!」と騒ぎ出し、わざわざ店の奥に居たご主人を呼びに行った。


「仕事でお世話になってる人」とサヤを紹介し、サヤも簡単に挨拶をする。


一番奥の座敷に座ると、サヤは周りを見渡した。


「ずっと前から知ってるお店?」

「うん、大学の時から通ってる」

私服の秀人が見慣れなくて、少し緊張する。


「サヤさん、何食べたい?」

メニューをサヤに見せながら、オススメを説明してくれる。


「オレ、運転手するから飲んでもいいよ?」

「今日は、お酒よりご飯を沢山食べたいな。それに、あんまり飲めないしね」

へぇ〜と秀人は笑う。


「じゃ、今日はご飯の日で。実はオレもまったく飲まないんだけどね」

そっちの方が意外だ。


「でも、営業だと付き合いとかでなかなか断れないでしょ」

「お酒の席はひたすら接待に徹する。課長が居ればオレの分まで飲んでくれるし」

確かにあの課長なら、と想像つく。


注文した料理が届くまで、何気ない会話をする。


「社会人1年目は、どう?」

「想像してたより、楽しくて、厳しいかな」

うん、とサヤも頷く。


「サヤさんはどうだった?1年目」

「そうだなぁ…」


サヤは、思い出しながら今までの事を話す。


大変だったこと、楽しかったこと、同期のこと…。秀人は相槌を打つのが上手いから、話をしててもラクで、緊張してたのがウソみたいに、色々話した。

同期にも、こんなに自分の事を話した事はないかもしれない。


秀人がオススメしてくれたものは、全て美味しくて

またそれを美味しそうに食べるサヤの姿が嬉しかったのか、2人の会話は始終途絶えなかった。


サヤの話が終わると、秀人の話にだんだん移り、秀人の事も知っていく。

こうやってお互いを知っていく事で、信頼や感情が芽生えるんだ、とサヤは改めて思った。


話しながら時折指を触るクセ、手の甲にあるホクロ、柔らかい語尾、距離が近くなる程に大切な存在になっていく。


「サヤさん、お腹いっぱいになった?」

「もちろん、めっちゃ美味しかったよ。ありがとう」


今日はお礼も兼ねて奢らせて、と秀人がレシートを持って立ち上がったので、素直に甘えさせてもらった。


先に店の外に出て待っていると、時折冷たい風が混じって吹き抜けた。

冬は確実に近付いてきているらしい。


店から出てきた秀人もそれを感じたのか、

「寒くない?」と聞いた。


「平気、それよりこの位の気温の方が好き」

そう、と秀人は笑う。


「運動がてら歩かない?」

秀人の提案に頷く。


店の駐車場に車を置かせてもらって、何も決めずに歩いた。


細い路地にも入ったし、道端の草花を見て夏休みの自由研究の話をし、橋の名前を見て難しい漢字だね、と言い、どっちが漢字を知ってるかと競い合い、笑った。


そんな秀人は、車道では、必ずサヤに歩道側を歩かせた。


途中、コンビニに寄りコーヒーを片手に、近くの公園で一休みした。


月明かりがきれいで、2人してブランコに揺られながら、しばらく見惚れた。


今日1日が、すごく貴重で素敵な1日だったのは間違いない。

そして、こんな日が続くとは限らない事も。

だから、この大切にしたい気持ちは、ずっと持ち続けていたいと思う。


「キレイな月だね…」

「こんなにゆっくり月を見る事、なかったなぁ」


「子供の頃さ、月に代わってお仕置きする、あのアニメが好きで…」

「知ってる、オレにも妹が居るから、ごっこ遊びにつきあわされた」


女の子の遊びにも付き合う秀人が微笑ましい。


「誕生日ケーキはもちろん、主人公のうさぎちゃんのを買ってもらって…」

「そうそう、オレの誕生日がうさぎちゃんと同じだからって誕生日ケーキまで」


「秀人!うさぎちゃんと同じなの?」

「6月30日だけど」

「私は1日前の29日だからあと1日遅く生まれてたらって思ってた」


秀人がサヤを見る。

「これでお互いの誕生日は忘れないね」


秀人は、ブランコをだんだん大きく揺らしだした。

「サヤさんの誕生日、その日だけは同い年になれるしね」


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