風邪
〝サヤさんの熱が下がりません。何か解熱に効く方法ありますか?〟
秀人からのラインを受け取って、すぐに返信する。
〝帰りに寄ってくれる?小さい時から風邪をひくと食べていたもの用意しとくから〟
サヤの母親は大きめの鍋を取り出す。今から作れば時間は充分間に合う。
(久しぶりに煮るけど、やっぱりコレよね)
「サヤさん具合どう?」
部屋に入って、寝ているサヤのおでこを触る。
まだ熱い。
仕事の途中で寄って置いた、清涼飲料水やプリンもそのまま残っている。
「食欲ないの?」
熱からか、潤んだ目のサヤが頷く。
「お母さんに作ってもらったよ」
「ぜんざいだ」
サヤに上着を1枚着させて、上半身を起こすのを手伝う。体もまだ熱い。
移したらいけないと、秀人にマスクをするように言う。
「風邪の時はお餅は入れないんだって?」
「うん」
「ぜんざいが特効薬なんて、サヤさんらしいね」
少しずつでも食べ進める姿に安心する。
「これ、一番好き」
「今度オレも作り方教えてもらおう」
「うん」
「喉も痛いの?」
「うん」
「無理に話さなくてもいいから、早く元気になって」
サヤが頷く。
「今週は出張がなくて良かったよ。奈緒さんも心配してたから、元気になったら連絡してあげて」
サヤが頷いて、空になった器を見せた。
「えっ?もう食べちゃったの?」
「うん」と美味しい顔になる。
「これ、絶対お母さんに作り方教わるよ。水持ってくるから、医者でもらった薬そのまま飲もう」
薬を飲んだ後、そのまま横になるとすぐに寝てしまった。昼間より、寝息が静かになった。
汗もかいている。
これなら、熱も下がってくるだろう。
汗を優しく拭き取る。
「サヤさんが元気ないとオレまで元気なくなるよ」
サヤの寝顔をいつまでも見つめる。
揺り起こされて、リビングで寝ていた秀人が飛び起きた。平日の起きる時間だ。
「サヤさん熱は?」
「3」「7」「4」と指で表す。
「良かったぁ~」ホッと胸を撫でおろす。
「まだ喉が痛いの?」
うんうん、とサヤが頷く。
「今日は金曜日だからもう1日休んで。土、日曜で完治させよ」
サヤがオッケーとサインをする。
「江川課長には言っておくよ。声が出ないからって」
サヤが、頷く。
「家事は明日まとめて出来るから、何もやらないでね。サヤさん用のお粥は冷蔵庫にあるし、プリンもブドウも買ってあるから、食べれるもの食べて薬を飲んで、ゆっくり寝てるんだよ」
玄関先まで見送りに来たサヤに告げる。
「何かあったら、すぐに連絡してね。お昼に一旦様子見に戻るから、欲しいものもラインしといて」
サヤが秀人の腕時計を指差す。
「ヤバっ!行ってきます」
外回りの時間を利用して戻ってみると、サヤがちょうどお粥を温め直して食べていた。
「食欲出てきた?」
〝少し〟とジェスチャーする。
汗を流す為にシャワーを浴びたのか、新しいパジャマになっている。
「顔色が良くなったよ」
サヤのおでこに手を当てる。
「熱はもう大丈夫そうだね」
サヤが喉に手を当てる。
「後は声が出るようになれば、ね」
泣く仕草をする。
「声が出なくて悲しいの?」
うん、うん、と頷く。
「今日は定時に終わらせてもらうから、帰ってきたら喉に優しい夕食作るよ。楽しみに待ってて」
サヤが優しく笑う。
たっぷりの野菜に生姜を入れたスープ、喉越しがいいお粥、ヨーグルトに蜂蜜をかけたものをサヤに食べてもらう。
「どう?」
サヤの美味しい顔が、感想を物語っている。
スープの器を差して、丸印を作る。
「スープは沢山作ったから明日の分まであるよ」
サヤが嬉しそうに笑う。
完食したサヤが薬を飲み、熱を測る。
「36.7、平熱になったね。あとは本当に声だけだ」
マスクで目だけしか見えないが、サヤの気持ちが分かる。
「声が出ないのがストレスになってる?」
コクンと頷く。
近くで寝ていた毛布を手繰り寄せる。
「こっちにおいで」
サヤに毛布を被せて、抱き寄せる。
「サヤさんが話せない分、オレが話すから聞いててね」
そう言うと、秀人は今日あった事を話し始めた。
朝、江川課長に話をしに行ったら、ウチの課長が冷やかしてきて…
午前中の打ち合わせの時に、材料メーカーの人が来て勉強会をやって…
家に帰る前コンビニ寄ったら駐車場に猫が居て…
午後から外回り行ったら、面白そうな案件をもらって…
夕食の材料買いにスーパー寄ったら、新しいレジの人で…
秀人がゆっくり優しく話す言葉はサヤの心を溶かしていく。サヤの頭を撫でる手が安心をさせ、呼吸が深くなる。
段々相槌をし、秀人の顔を時々見上げて一緒に笑い合う余裕が出てきた。
「少しは落ち着いてきた?」
サヤが頷く。
「まずは熱が下がった事を喜ぼう。あとはゆっくりでも声は治ってくるから大丈夫」
サヤの髪を上げ、おでこにキスをする。
「温かいお茶淹れるよ。待ってて」
秀人が立った合間に、紙とペンを持ってくる。
秀人が湯呑みを持って戻った時には、サヤが何かを書いていた。
湯呑みをテーブルに置くと、サヤが紙を見せた。
〝もう熱はないから、夜中、様子見に来なくていいからね。今日はゆっくり寝て〟
秀人が驚く。
「サヤさん、気付いてたの?」
〝おでこに手を当てて熱を測るのが、お母さんそっくり〟
「ホントに?」
サヤの目が笑いながらまた書く。
今度は、紙の後ろに隠れて見せる。
〝秀人、大好きだよ♡〟
秀人がニヤニヤ笑いながら「もっと書いて」と言う。
〝風邪治ったら、いっぱいキスしてね〟
秀人が読んだ瞬間に、紙の横から顔を出して、可愛く笑ったサヤが、秀人に抱きついた。
サヤの可愛い告白にやられた秀人も、負けずに「くぅ~っ」と声を上げて強く抱きしめる。
「沢山、沢山するからね。覚悟しといてよ」




