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砂の城  作者: F
52/60

出張

今回の出張は営業車で動く。

新規のアポ取り出来ている会社と、お得意様まわりで2日間結構なスケジュールだ。


サヤからもらった抱き枕を持っていこうかと相談したら、荷物になるよ、と止められた。


通勤時間でも雨でもないのに、道が混んでいる。

アポイントの時間に間に合うか、時間を気にする。

混んでいる理由が分かったのは、赤色灯が見えサイレンの音が聞こえてきたから。

(事故があったんだ…)


まだ人だかりのある所をゆっくりと通り過ぎる。

曲がった自転車と光るガラス片が視界に入った。




「今日行った新規のお客さんとはいい話になりそうだよ」


夜の時間に、サヤに連絡をする。

電話から聞こえてくるサヤの声も好きだ。


「おっ!良かったね。そっちの天気はどう?」

「くもりだね。まだ雨に降られないだけ良かったかな。サヤさん今日は何かあった?」


「仕事は特に問題なく終わったよ。お昼は奈緒と悟と一緒になって、また同期会をそろそろやろうって話になったよ」

「サヤさん所は、ホントに仲いいよね」

「信吾は辞めちゃったから同期は4人になっちゃったけどね」


製造課で機械を動かしていた姿を思い出す。

辞める前までは、急な受注の時に何回かお世話になった。


「オレ達は7人もいるけど個々には集まってもみんなで集まることないもんなぁ」

「同期ってだけで、信頼感が生まれるのにちょっと残念だね」

「そうだよなぁ」

今度ダメ元で会う計画をしてみようかと、考える。

2年目に入って、きっと何か変わったはずだ。


「秀人も居ないから会社帰りにジム寄って、ウチでご飯食べてお風呂まで済ました所だよ」

「少しは、オレの事考えてくれた時あった?」

「何、その質問…」サヤが、笑う。

「ん〜リフト見てこの前の事思い出したり、食堂で秀人ならこのメニュー選んだかなって思ったり、夕食の時お母さんと秀人の事話したり、今みたいに抱き枕抱えながら電話してると考えたり、1日中忙しいよ」


ふふっと秀人が笑った。

「どうしたの?」

「沢山考えてくれてるから、嬉しくなっただけだよ。早く帰って抱きしめたいなぁって」


「明日はどんな予定?」

「明日はお得意様2件と、新規のお客様2件寄って帰るかな。遅くなればそのまま営業車で帰って、土曜に会社来て車を交換するよ」

「私も土曜、荷物の受け取り当番で半日出勤するよ。都合悪い人と交代したんだ」

「じゃ、オレも書類整理は土曜にして明日はそのまま帰ろうかな」

特に会社に寄らなければいけない用事はなかったよな、と考えをめぐらせる。


「秀人、明るいと思ったら満月だよ。部屋から見える?」

「うん、見えるよ」

サヤとブランコに乗りながら見た満月を思い出す。


「今思うと、あのブランコに乗って見た満月の日、あの日はオレ達にとって重要な日だったよね」

「私はあの日、秀人の事が好きだなって自覚した日でもあるかな」

「オレは現場事務所にサヤさんが居るのが見えた時に、今日は神様がオレに味方してるって思ったの覚えてる。

勇気だして夕食誘えたのもそのおかげ」


「色々なタイミングが重なりあって今があるんだね」

「そうだね…」

秀人は満月を見上げる。

サヤもきっとまだ見ているはずだ。



電話を切ると、ホーム画面になる。

誕生日ケーキを前にする笑顔のサヤが写る。

路子さんの店のインスタも見返す。

この前の秀人の誕生日の動画も、時折笑顔で映るサヤばかり目で追ってしまう。

過去に遡って見る写真も。

「可愛い…」


胸が温かくなるのを感じる。

そういえば、とオムライスの作り方を検索しだす。

(確か、ふわとろオムライスと言ってたな)

サヤの美味しい顔を想像すると、自然に笑みがこぼれてしまう。

寝るまでの間検索して、オムライスのイメージを膨らませる。



お得意様の会社で、サンプルを広げた。

「今御社にご購入いただいている従来の材料よりも、光沢があって生地も厚いです。

御社でお使いの自動裁断機でも、加工可能です。

この機会に、新しい材料を試しませんか?」


長い間、材料だけ卸している会社で、対応してくれているのは、60代後半の社長だ。


「値段はどうなの?」

「今までよりも、高くなりますが厚みがある分、丈夫です。金額はこちらをご覧下さい」

秀人が見積もりを提示する。


「そうだなぁ。色はウチの商品とイメージが合ってるけど、値段がなぁ。」

(良い物だと分かっても、値段が高くなるし、長年使ってきた実績を取るか…)


「まぁ、今まで通りの材料にするよ」

社長の言葉に少々落胆するが、注文を頂ける事には変わりない。

「はい、ではそのように致します」


秀人が従来の材料で見積もりを渡そうと準備していると、1人の男性が通りかかった。

「あっ、専務ちょっと」社長が呼び止める。

「今泉くん、紹介しておくよ。息子で専務の道晴だ」

始めまして、と名刺交換をする。


「そろそろ事業を息子に継がせようと準備してるんだよ」

「そうだったんですか…」


「新しい材料ですか?」

専務が広げたサンプルを手に取る。


「はい、従来よりも光沢があり、厚く、丈夫なのが特徴です」

専務は手触りを確かめている。


「社長、新しく商品化するクリスマス向けのぬいぐるみ衣装にこの材料使わせてもらえませんか?」

「えっ?」

突然の専務の提案に驚く。

「実は今までの材料だと、ぬいぐるみが大きい分強度が弱くなってしまってどうしようかと作業者と話をしていた所だったんです。この材料なら、厚みは充分だし、色も映える。色はこの見本の緑の他に赤はありますか?」


「はい、赤はこちらの色です」

「光沢もいいですね。社長、とりあえず試作が出来る量だけでも購入してもらえませんか?」


社長の返事を待つ。

「…お前がそこまで言うならやってみようか。今泉くん、従来の材料の他に専務が言う量の材料の見積もりも頼む」

「はい!ありがとうございます」


早速見積もりを作成し、社長と専務の名刺に書かれているアドレスに見積もりを送る。

「すぐに正式な注文書を入れておくから、材料手配お願いします」と言う専務に、承知しました、とお礼を述べ、車の中から美玖に今後の材料手配の依頼をする。


試作が上手くいけば、まとまった量の注文が入ってくるだろう。

今日の最後に、成果に結びつけそうな仕事が出来て良かった。 

社長があの時専務を呼び止めてなければ、無かった話だと思う。

(運も味方してくれたなぁ…)



予定通りの仕事を終えた秀人は、達成感で満たされながら家路についていた。


信号待ちの際にふと、道端の花束を目にした。

(ここで、誰かが亡くなったんだ…)

花束が新しいのにも気付く。

(もしかして、昨日の事故の…?)

思い出せば、場所も同じだ。


曲がった自転車とガラス片が呼び起こされる。

サヤの笑顔が脳裏に浮かぶ。


近くのコンビニに寄り、サヤに連絡をする。

「もしもし秀人、今帰ってる途中?」

変わらない声にホッとする。


「あと1時間位で家に着くよ」

「ちょうど良かった。私もジム終わった所だから、秀人のマンションに寄ってるね。ご飯は買ってきたお惣菜ばかりになっちゃうかも」

「全然いいよ」


電気が点いている自宅が嬉しい。

急ぎ足でエレベーターを降り、チャイムを押す。

「おかえり!」笑顔で迎えてくれたサヤを、何も言わずに抱きしめる。

「少しこのままで居させて…」

運やタイミングには左右されない確実なモノがここにはある。

サヤも何も言わずに、秀人の背中に手を回しゆっくりと背中を撫でてくれる。


「ただいま、サヤさん」

「おかえり、秀人」

体を離して、サヤを見る。

「コンビニでデザート買ってきたよ。早くキスしたいから手洗い、うがいしてくる」

「うん」

荷物を置いて洗面所へ向かう。



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