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砂の城  作者: F
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前を向く

慣れない本社棟へ向かうのは緊張する。


昼休みを利用してここに来た理由は、半分ずつにしたお土産を渡すため。

昼休み中だからか、消灯していて静かで、時折鳴る電話の音が響いていた。


新入社員の研修時に何回か来たが、その時とはまた様子が変わっている。


ワンフロアを利用して、パーテーションで課を区切っていて、市役所みたいな感じだな、と思った。


確か、経理課と営業課が隣同士だと奈緒が言っていた。

天井からぶら下がった表示を確認し、営業課を目指す。

手前の経理課に、奈緒が居てくれないかなぁと期待をしたが、居なかった。


営業課を、そっと覗く。

できるだけ秀人には会わない方がいい。


見覚えある後ろ姿を見て、サヤはそっと近づいた。

「悟、ちょっといい?」


急に声をかけられてビクッとしたが、サヤだと判ると、「珍しいじゃないか」と笑った。


「これ、秀人に渡しといてくれない?」

悟は素直に紙袋を受け取ると、

「何これ?」と聞いた。


「社員旅行中に秀人と買ったお菓子。多いから半分ずつにしたの。他にも入ってるけどね」

少しでも差額分をお返し出来ればと、無糖のコーヒーも数本入れておいた。


ふぅん、と悟はつぶやくと首をかしげた。

「秀人、あんま甘いもの食べてるイメージないけどな」

「ホント?」


「まぁ、誰かにあげようと思ったかもな、特に先輩のオレとかさ」

渡した相手が悪かったかもしれない、絶対にねだるつもりだ。


「それよりさ」

悟は、話題を変える。


「久しぶりに同期会やろうって話になったよな、旅行の時」

「うん、なったよ」

「場所、いつもの所でいいか」

「もちろん、いいよ」


いつもの居酒屋は、ご飯が美味しいからお酒があまり飲めないサヤも楽しめる。


「予約入れるから、候補の日をあとでみんなにライン入れとく。サヤは、ダメな日ないか?」

「特にないけど?」


お前なぁ、と悟が言う。

「お年頃なんだからさ、デートの1つや2つないのか?」

「ないよ」

サヤが即答する。


「悟だって年中暇でしょ?」

「お前、バカにすんな。オレはデートの3つや4つあるの。それなのにだよ、同期と会うのを優先してだなぁ…」


「はいはいはい」

サヤは適当に相槌を打って、

「じゃ、秀人によろしくね」

と踵を返したが、「サヤ」と急に真面目な声で呼び止めるので、振り返ってまじまじと悟の顔を見てしまった。


「どうしたの?」

「お前の好きな俳優の韓国映画、来週末から始まるヤツさ、一緒に見に行くか?」


「でも、悟…映画館嫌いじゃなかった?」

「確かに好きじゃないけど、お前独りで見に行くよりはいいだろ?」

「別に寂しかったら奈緒でも涼子でも誘えるし、それに独りでも平気だけど?」


お前なぁ…と呟いて悟は言う。

「今から独りに慣れるなよ。それにオレも見たい映画なの!」

何で声を荒げるのか不思議にサヤは思う。

 

「ホントにいいの?」

「いい、いい。いつでもいいから、予定が決まったら言ってくれ」

「デートの3つや4つあるんじゃないの?」

「仕方ないからそれは後回しにしてやる」


サヤはふふっと笑った。 


「じゃあまた連絡するよ」

「おぅ!」


悟は笑って手を振った。

サヤも同じ様に手を振る。


場馴れしないからか、目立たないように隅を歩いて戻るサヤの後ろ姿を、悟は微笑みながら見送った。



秀人からの社内メールに気付いたのは、次の日出勤してからだった。


送信時間は前日の19:30。

遅くまで仕事してたんだな、と思う。


お菓子のお礼と今日から今週末まで出張の為、直接お礼が言えない謝罪の言葉が綴られていた。

人柄はメールの文面にも現れるらしい。


心配していたが、悟はちゃんと渡してくれていた。


秀人も頑張っている。

自分はどうだろうと、思う。


少し前までは定時で帰る事が最優先だった。

仕事に対してある程度の所で止めて、真剣に向き合ってもなかった。

自分があるべき姿の責任からも逃れてきていた。


今は少しずつ自信がついてきているのをサヤは肌で感じていた。

課長から頼まれた在庫管理も今の所順調で、サヤが用意した写真のプレートも好評だと聞いた。


こんな前向きな気持になれるのは、他ならない秀人の一言がキッカケであり、人に認められるという事がこれほど自分の糧になるのかと実感していた。


サヤの内側にある核からマグマのようにアツいものが込み上げてくる。


今日入荷予定の材料リストを出力して、

「検品行ってきまぁす」

と元気に現場事務所を後にした。


足取りも軽いし、倉庫との間から見える秋空も澄み渡って見えた。

ただ、秀人の事を考えるとチクッと痛みが刺した。



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