誓約書
「課長…ちゃんと休んでますか?」
土曜でも日曜でも短時間は必ず出勤している課長が心配になって聞く。
「平日に休んでる」
「毎日出勤されてますよね?」
「仕事はしてるようでしていない」
「じゃあ何されてるんですか?」
「趣味の人間観察」
ニタっと笑う課長が怖い。
出勤している人が他には居ないので、離れた場所でも課長と話せる。
秀人はたまった書類を急いで片付ける。
「秀人、お前何かあっただろ?さっきから顔がニヤけてるぞ」
「コレを片付けたら、改めてお話しようと思ってたんですけど…」
「いい、いい。他に誰も居ないんだから、やりながら話せ」
「…昨日、サヤさんと話しをしました」
「ほぅ、振られたか?」
「いえ、どちらかといえば上手くいきました」
報告する秀人はまたニヤけてしまう。
「何か嫌だなぁ…。異動の話は進めとく」
「えぇっ!」
秀人がその場でおもむろに立ち上がる。
「課長のおかげで自分に素直になれました。ありがとうございます」
深々と頭を下げると、座れ座れと手で合図する。
「異動はもう木下に言ってある。アイツも実家があっち方面だから喜んでた。これで実家に帰れるってさ」
「課長はこうなる事分かってたんですか?」
「まぁな。お前が向井さんを変わらず好きなのは分かっていたし、なかなか行動に移さないし、後は向井さんが待っててくれてるかヒヤヒヤしたぞ」
「僕たちの事、実は応援してくれてたんですね…」
「いやぁ、出来れば川島と麻生も入ってもうちょっとごちゃごちゃして欲しかったなあ。これって四角関係か?」
「…完全に楽しんでますね?」
「オレが川島ならもっとグイグイ行ったぞ。麻生も最初の勢いはどこ行ったんだよ!まったく。ちっとも面白くない…」
「…やっぱり楽しんでますよね」
「でもまぁ秀人、お前向井さんを大事にしろよ。
お前のワガママで一旦手離したのに、許してくれたんだ。その分の罪はちゃんと償え」
「分かってます…」
「向井さん可愛いからなぁ、まだまだ苦労しそうだなぁ」
絶対に何か事件が起こることを望んでいる。
「もう、オレがしっかりするから大丈夫ですよ」
「オレが川島ならなぁ…」
まだ言っている…。
仕事終わりにサヤと待ち合わせをして、百貨店へ買い物に来た。
秀人にネクタイを選んでくれるという。
「こっちの柄の方がいいかな?」
首元に当てて、真剣に選んでくれる姿が愛らしくてまたニヤけてしまう。
「こっちか、こっちにしたいけどどっちがいい?」
「サヤさんから見て左手の方」
「じゃ、これにしよう」
秀人を見てニッコリ笑う。
「付き合った記念で買ってくれるの?」
「いつも奢ってもらうからお礼だよ」
こういう律儀な所もサヤらしい。
「さぁもう一本選ばなきゃ」
「いやぁ、そんなに沢山買ってもらったら悪いよ」
「?…悟に春っぽいネクタイって頼まれてるんだよ」
「川島先輩に?」
「うん。ダメだった?」
「いや、ダメじゃないけど…」
「ネクタイを選ぶなんて初めてだから、最初は秀人のを選びたかったんだよ」
嬉しいけど…複雑だ。
「悟はまた全然イメージが違うからなぁ」
あれこれ悩むサヤに聞いてみる。
「サヤさんから見てオレと川島先輩の違いって何?」
突然の質問に〝う〜ん〟とネクタイを持ちながら秀人の顔を見て考えている。
「秀人とは…メニュー選ぶ時にも一緒に話をして頼むでしょ?悟は、私が好きな物頼んでいいよって言うの。秀人は…私の為に料理を覚え始めたよって言ってくれるでしょ?悟は、お前の得意なやつでいいからご飯作りに来て、って言うの」
「えっ?」
「あっ、1人では行った事はないよ。同期で集まった事はあるけどね…
悟みたいに全てまかせてくれる、引っ張って行ってくれる人がいいって人もいるけど、私は秀人みたいに一緒に考えて同じペースでいてくれる人の方が居心地がいい。
上手くニュアンス伝わる…?」
「分かるよ」
ホッとしてる自分がいる。
オレがオレで良かった。
「川島先輩は、オレより大きいからさ、巾の広いネクタイの方がいいよ。あと首回りも考えて、長さも長めのやつかな」
2人で考えて、春らしいネクタイを選ぶ。
秀人の中で、悟に対する嫉妬心が減っていた。
(お互いが好きになるって奇跡的な事なんだな…)
ネクタイを選び終わり、ブラブラと手を繋ぎながら
買い物をしていると秀人が時間を気にした。
「サヤさん、早目だけどご飯たべよ。何が食べたい?」
「駅の方に美味しいハンバーグ屋さんがあるんだよ。今なら空いてると思うしどう?」
「おっ!いいね」
百貨店を出て駅方面に向かう。
歩いていると、ちょうど秀人と麻生さんが一緒にいるところに鉢合わせた店が見えてきた。
2人で気付いて顔を見合わせて笑う。
「あの時急いでサヤさんを追っかけようと思ったら、麻生にすごい勢いで止められたなぁ」
「その後、悟がバタバタ追いかけてきたよ」
「追いかける川島先輩が羨ましかったな。まだ、自分の気持ちに正直になれてなくて、一瞬迷ったんだよな」
「ねぇ、秀人。さっき悟との違いを聞いてきたけど、私と麻生さんの違いって何?あんな可愛い子ならみんな好きになっちゃうんじゃない?」
「サヤさんと麻生の違いか…前に麻生にも聞かれたな」
「そうなの?」
「サヤさんみたいに明確な理由が思いつかないんだよ。最初から、サヤさんは恋愛対象として見たけど、麻生は同期っていう他の同期と一緒としか見てなかった。
確かに一般的に可愛いなぁと思うけど、やっぱり好きになるのはサヤさんなんだよな」
「そっか」
「嬉しい?」
「私が私で良かったなぁって…」
「実はオレもさっき同じ事思った」
繋いだ手に力が入る。
…秀人さんがケーキを持って家に来た。
相変わらずカッコいいと思う。
「真由ちゃん、昨日はありがとう」
そう言って笑い、お姉ちゃんと顔を見合わせた。
お父さんとお母さんに、弟さんの事を含めて病気の説明をして、心配かけた事をお詫びしている。
その上で、お姉ちゃんと付き合いたいと挨拶した。
お父さんとお母さんは顔を見合わせ、最終的には「2人に任せるよ」と返事をし、お母さんは「たまにはご飯食べに来てね」と誘っていた。
奈緒さんから電話が入ったお姉ちゃんの代わりに、お姉ちゃんの部屋に案内する。
「何か緊張するね」と言いながら、キョロキョロしてる。
「すぐ来ると思うから適当に座っていて下さい」
「うん。大学生活はどう?」
「OG訪問とかだんだんしなきゃいけなくて、今回帰省したのもリクルートスーツの用意とかなの」
「もうそんな時期なんだね。やりたい職種とかは?」
「コスメが好きだから、美容系の職種につきたいんだ」
「真由ちゃんらしくて、いいね」
秀人さんがふと見たお姉ちゃんの勉強机で何か気付いたみたい。
「昨日、帰ってきたら捨てるんだって言ってたファイルです。メモとかお菓子の包みとか入ってたけど、もしかして秀人さんと関係あるやつ?」
秀人が開いて中身を確認してる。
「関係あるやつだね。ちゃんとサヤさん取ってくれてあったんだ…。これからこのファイルをいっぱいにしたいなぁ」
コーヒーの空き缶も懐かしそうに見ている。
「お茶が入ったか見てくるね」
ちょうど階段をお盆を持って上ってくるお姉ちゃんとすれ違う。
「お姉ちゃんにはホントもったいないよ」
「何言ってるの、急に」
部屋に入ると、秀人がサヤの抱き枕を抱えてラグに座って待っていた。
「これ、いいね」
「うん、寝る時に抱いて寝ると落ち着くんだよ」
テーブルの上にコーヒーを置く。
「オレにも欲しいなぁ」
「買ってあげようか…?」
「コレがいい。サヤさんの匂いがするから」
「秀人、変態」
「ホントに寝れそう…」
ベッドのサイドフレームにもたれ掛かってまぶたを閉じてしまう。
「秀人眠いの?」
自分の部屋に秀人がいる事もまだ慣れていないのに、寝てしまったら余計にドキドキしてしまう。
そっと四つん這いで近づく。
「シュウト〜…」
頬をそっと撫でるが起きる気配がない。
(そういうことね…)
サヤは秀人の唇にそっとキスをする。
唇を離すと、秀人がまぶたを開けた。
「しらゆき姫にでもなったつもり?」
まだ目と鼻の先の秀人に聞く。
「サヤさんからして欲しかったんだもん」
「目覚めた王子様はどうなるの?」
「今度は王子様からお姫様へ」
…手を繋ぎながらの優しいキスは、王子様でもしなかったと思うよ。
ベッドに寄りかかって2人でコーヒーを飲む。
「今日はありがとう。両親に会ってくれて…」
「オレがちゃんとケジメをつけたかっただけだよ」
「今度は秀人の実家にも連れてってね」
「うん、休みの日にドライブがてら行こうな」
サヤの頭をそっと撫でる。
「奈緒さん何か言ってた…?」
「すごく喜んでたよ…」
2人の会話は途切れる事なく、続く…。
「お姉ちゃん、お風呂空いたよ」
「はぁい」
秀人から〝家に着いたよ〟とラインが入り返信してた所だ。
「お姉ちゃん、気付いた?」
「何に?」
真由が勉強机の上のファイルを指さす。
「秀人さん、お姉ちゃんへ何か書いて入れてたよ」
「えっ?気付いてないよ」
「ホント、お姉ちゃんにはもったいない」
そう呟きながら、真由が部屋を出ていく。
今までのファイルを開ける。
最初に一緒に材料を探した時の納品書のコピー、お土産のお菓子の紙包、受賞コメントを模索した時の資料の次に、手書きのレポート用紙が入っていた。
用紙はサヤの机の中に入っていたものだ。
【誓約書】
向井サヤ様
私、今泉秀人は今後生涯にわたって、向井サヤを愛する事を誓います。
【追伸】
その時がきたら、オレの可愛いお嫁さんになって下さい。
今泉秀人




