離れていた貴重な時間
「オレの携帯で真由ちゃんと話をして。
ちょうどお店開いた時間だし、ご飯食べにいこう」
水道で手を洗いながら、電話するサヤを見る。
淡い黄色のニットがよく似合っている。
見てる秀人に気付いて、電話をしながらサヤが微笑む。
サヤの笑顔を見れた喜びで、ホッとして胸が熱くなる。
肩の力が抜けて、体が軽くなった。
「はい、ハンカチ」
「ありがとう。
サヤさんの服にも砂がついちゃったかも。ちょっと確認させて」
サヤの後ろにまわって軽く払ってみる。
小さな肩に沢山負担をかけてしまったな、と思う。
「ちゃんとお店まで後ろ付いてきてよ」
「うん」
2台で路子さんの店まで移動する。
秀人がバックミラーで確認しながら。サヤを見守る
運転しながら、サヤを想う。
話をしていてもサヤの表情が、まだ少し固かった。
でも、それは仕方がないことで、心がまだ追いついて来てないんだと思う。
これからの行動でサヤには分かってもらうしかない。
「女将さん、2人で行ったら喜んでくれるかな?」
「きっとね。オレの後ろに隠れて付いてきて」
秀人の広い背中に隠れて、暖簾をくぐる。
「秀人!…いらっしゃい
何やってるの?早く中に入ればいいのに」
女将さんの声が聞こえる。
「どうしたの?」
女将さんが近づいてきたタイミングで、サヤが顔をのぞかせる。
「こんばんは」
「サヤちゃん!」
秀人そっちのけで、女将さんはサヤを抱きしめた。
「よく2人で来てくれたわね。秀人とたまたまそこで会ったの?」
「そんなはずないだろ。いつもの場所座っていい?」と秀人。
サヤは女将さんと目配せして、秀人の後について定位置に座る。
「サヤさん、何食べたい?」
秀人からメニューを受け取る。
「沢山食べて、少しは体重戻して」
「もうだいぶ戻ってきたよ」
ふふっと笑うサヤを見ると、心が痛む反面、幸せだなぁと思う。
女将さんが、パタパタと通り過ぎながら言う。
「インスタ用のたらの芽の天ぷらは今揚げてるからね」
「早っ!」
久しぶりに秀人と食事をする。
会話の節々で、秀人を感じる。
居心地の良い雰囲気を醸し出す所や、優しい語尾や相槌に忘れようとしていたものを思い出す。
欲しい言葉を返してくれる秀人に、だんだんサヤの顔もほころびだす。
秀人の笑顔に、自然と笑みがこぼれる。
「会わなかった間の話もしよう」
秀人は、入院中から退院までの話、梓さんとの会話、坂本課長との打ち合わせ、今日の病院の話など思いつく限りの話をしてくれた。
「また細かい所は思い出したら、その都度話をするよ」
今日は指を触らずに話している。
「もし検査結果が悪かったら、私達の未来はまた変わっていたのかな…」
「結果がどうだろうと、サヤさんには近い内に連絡してたよ。もう、会いたくて仕方がなかった。
課長に〝今、何がしたいんだ?〟って聞かれた時に、迷うことなくサヤさんを思い浮かべてた」
「坂本課長のおかげなんだね」
「課長もそうだし、梓に路子さんも、奈緒さんや川島先輩、あとはサヤさんを支えてくれたみんなと、一番はサヤさんに、これからのオレの姿を見てもらわなきゃ」
「…それは私も同じだよ。本当にみんなに支えてもらったから一緒にお返ししていかなきゃ。
さっきまで、秀人を信じたいと思う反面、また同じ事があったらどうしようって不安がよぎったけど、一緒に居る時間が長くなる程、不安が無くなる。
私もずっと心の奥では、秀人を待っていたのかな」
そう言って、笑うサヤの頬を、手を伸ばして触る。
「今、その顔しないでくれる?抱きしめたくなるから」
そんな2人の姿を女将さんは、離れた場所で見守っている。
「それにしても、真由の声って良く分かったね」
「オレがサヤさんと真由ちゃんの声を間違える訳ないだろ?」
「悟も、奈緒もだまされたのに…」
「えっ?奈緒さんはともかく川島先輩連絡してくるの?」
「さっき、真由が連絡あったって言ってた。
多分、同じジムに行ってるから今日は来ないのかって確認の電話だと思うけどね」
「…サヤさん、そのジム、オレも行くから紹介して」
女将さんから、
「サヤちゃんと話をさせて」と追い出された秀人は
インスタを見て来た常連さんと話をしてる。
この前来た時に仲良くなったらしい。
「私としてはすごく嬉しいけど、サヤちゃんは良かったの?」
「この2ヶ月間すごく苦しかったはずなのに、秀人の顔を見たら、楽しかった時の方を思い出しちゃうんです。
結局、私もずっと秀人の事が忘れられなかったと思うし、また秀人とこうなる事をどこかで望んでいたんだと思います」
秀人の後ろ姿を見る。
笑いながら話す秀人の顔を見るとサヤまで微笑ましくなる。
「サヤちゃん、店に入って来た時より今の方がいい顔してるよ」
「美味しいお料理の魔法にかかったかもしれないですね」
「可愛い看板娘だこと」
女将さんはサヤにプリンを出してくれた。
美味しそうに食べる様子を、秀人が満足気に見ている。
「今日は送れないけど、帰り大丈夫?」
「まだ、早いし大丈夫だよ」
駐車場のお互いの車の間で話をしている。
「明日、やり残した仕事をしに会社へ行くけど、終わったら連絡するよ」
「うん」
「家に着いたら連絡入れてよ」
「わかってるよ」
秀人の心配がくすぐったい。
不意にサヤの手を握り、自分の車に寄りかかった。
サヤも同じ姿勢をとる。
「…サヤさんの気持がちゃんとオレに向いてくれたら、お家の人にオレの病状とか直接説明するよ。うやむやなままだと余計に心配かけちゃうと思うし、ちゃんとサヤさんと付き合いたいからさ」
「…それは私が返事をしてないから気持ちがオレに向いてないと思うの?」
「やっぱり今日の今日で都合良すぎるから。
長い間連絡しなかったし、沢山泣かせたし、もちろん病気の事もあるし…。
だからこれからのオレを見てから返事くれればいいよ」
サヤが思い出したように、クスッと笑った。
「私が坂本課長に〝向井さん、あなたは今何がしたいの?〟って聞かれたら何て答えるかなぁって考えたの。
きっと私はね、〝私は今、秀人の彼女になりたい〟って言うだろうなって」
見つめる秀人から目を離さない…
そっと秀人の顔が近づいてきて優しくするキスも変わっていない…
「もう一度していい?」
「帰れなくなっちゃうから軽いのにしてね」
「…ホントにもぅ」
秀人はつぶやくとサヤに軽く長めなキスをして抱きしめた。
「もう離れたくなくなってる。
会わなかった時間がもったいなかったな」
「でも私達にとっては貴重な時間だったかも。そう思えるような未来にしないとね」
「そうだね」
今日という日がまた忘れられない1日で更新された。
今まで避けていたものを避けなくて良くなった生きやすさを感じている。
感情のまま愛せる自由さを幸せだと感じている。




