今
「秀人、ちょっといいか」
課長に呼ばれ、応接室へついていく。
勧められて椅子に座った。
「体の調子はどうだ?」
課長が手帳を開きながら聞く。
「薬の配合を調整してもらってる所です。今の所は安定してます」
聞きながらメモを取っている。
「遠方の出張も希望して、実際行ってみてどうだった?」
「発症する前と変わりません。薬が効いてくれているのか、特に体調も変わりなかったです」
頷きながら、さらに書いていく。
「今後も長い期間の出張を希望するか?」
「…はい」
「そもそも、お前どうして出張を希望するんだ?」
「…上手く言えません」
課長の手が止まる。
「そうか…。
実は今日呼び出したのは、お前に異動の話がきている」
1年目で異動…?
「この前南営業所と送別会があった通り、あっちの若手2人が抜ける。補充として是非、とお前に声がかかった。
南営業所なら、お前の実家も病院も近くなる」
課長がパタンと手帳を閉じた。
「ここからは、ざっくばらんに話をしよう秀人」
課長が手帳を隅に避けた。
「お前、向井さんが理由で出張を希望するのか?」
課長にはなんでもお見通しなんだな、と思う。
「会社に居ると、どうしても気になります。
急に雨が降ってきた時に濡れてないか、とかお昼に食堂に居ない時ちゃんと食べてるのか、と」
「で、出張行ってる時はどうなんだ?」
「結局同じです。雨予報になれば心配するし、お昼時になればちゃんと食べてるかなって。休みの日なら今何やってるんだろうって…」
「それでも、自分から離れると決めたんだよな?」
「はい。サヤさんを自分の事で悲しませたくなくて…」
「そうか。じゃあ異動はちょうどいい機会なんじゃないか?
ただ…歳をとってから後悔するような生き方だけはするな」
伏し目がちだった秀人が顔を上げた。
「課長、僕はいつまで生きられるかは…」
課長の顔つきが変わった。
秀人に強い口調で話す。
「何を言ってるんだ、お前は。
お前は、自分で寿命が決められる程エライのか?
みんな明日の事なんて分からない中で生きてるんだぞ。オレだって、明日急に死ぬかもしれない…
秀人、お前は、〝今〟何がしたい?
自分に素直になれば、答えは出てくるだろ?」
オレは、〝今〟何がしたい?
自分に素直になったら…もう答えは出ている。
「…僕は〝今〟サヤさんを思い切り抱きしめたいです。抱きしめて、謝って、許してもらいたい」
自分の奥底に鍵をかけ閉じ込めてあった感情をやっと言葉にした。
「秀人、異動の返事は1週間待つから、改めて返事をくれ」
「はい」
「ちゃんと向井さんと話をしてこい。最後に決めるのはお前じゃない、向井さんだ」




