新メニュー
「大丈夫?なんだか痩せたみたいよ」
女将さんは、〝今日はカウンターでいい?〟
と案内してくれる。その方が沢山話が出来るから、と。
平日なのもあって、お客さんはまばらだ。
「実は秀人が半月位前に来たのよ。なんとなく事情は聞いて心配してたの…」
女将さんがおしぼりを手渡してくれる。
「あの子もガンコだから…」
「もう、いいんです…
理由が理由だけに、私もどうしようもなかったから」
「そう…」と女将さんが寂しそうな顔を見せる。
「サヤちゃん、今日は新メニュー沢山食べて行きなさい。インスタで秀人に見せつけてやろう」
「はい、秀人なんか居なくても元気なんだって見せつけてやります!今日は動画でも写真でも沢山撮って下さい!」
量は減らしてもらったが、最近の量に比べたら食べた方だと思うし、ちゃんと味もした。
看板娘の役割も果たせたし、今日は来て良かったと思っていた。
女将さんは最後にサヤにプリンを出しながら言った。
「図々しいお願いだけど、今じゃなくていいから秀人を許してやって欲しいの…
それにウチはいつ来てくれても歓迎だからね」
「はい」
女将さんのお店は、少し苦しいけど、今日こうして来ることが出来ただけでも一歩踏み出せた気がする。
いつも座っていた奥の座敷を見てみる。
今日は空席のあの席に、2人で座って沢山話して笑っていたんだなぁ、と思う。
(やっぱりまだ冷静に見ることが出来ないや)
温かいお茶が身に染みる。
涙を堪えるのに必死になる。
そんなサヤの気持ちを汲み取ってか、女将さんはそっと席を外した。
実家から戻り、テレビをつけっぱなしにして洗濯物を片付けているが、内容が全く入ってこない。
頭の中で今後の事を考える。
もう少し落ち着いたら、遠方の出張をなるべく入れてもらおう。
出来れば、土曜、日曜までかかる出張がいい。
サヤさんを誘いたい衝動にかられることがなくなるから。
路子さんのお店のインスタが更新された。
「なんで…?」
時計を見る。店がちょうど開いた時間だ。
着の身着のままで鍵の束と携帯、財布だけ取り、車に飛び乗る。
頭で考えるより先に体が動いている。
焦る気持ちを抑えて、駐車場に着くもサヤの車はない。
店の暖簾をくぐり、引き戸を開けて急いで定位置を確認するもいない…。
「秀人?」
「路子さん!サヤさんは?」
急いで尋ねる。
すれ違ったのなら…
「今日は来てないわよ」
「えっ?あの動画は…?」
「一昨日撮ったものだけど?」
秀人は頭を抱えその場にしゃがみこんでしまう。
「騙されたぁ…」
「まぁまぁ」
路子さんは秀人の肩に手を置く。
「ちょうどいいから、夕飯食べてって」
秀人も今日はサヤが座ったカウンターの同じ位置に座る。
休みなのもあって席はかなり埋まっている。
「あんた、この寒いのに上着も持たずに来たの?」
言われるまで気付いてなかった。
「分かっていると思うけど、これが秀人の本当の気持ちだから」
「えっ?」
「あんたは人を思いやる気持ちが強いばっかりに、頭でっかちになって自分の気持に素直になってないのよ、特にサヤちゃんの事は…」
「そうなのかなぁ…」
「今はどうだったの?考えるより先に体が動いてここまできたんじゃないの?」
「もぅ、路子さん、頭がこんがらがるから、サヤさん食べてた新メニューちょうだい」
「はいはい」
何もかも、路子さんの言う通りだと思う。
突然会いに来てサヤがどう思うか、なんて考える間もなく、ただ自分がサヤに会いたくて飛び出してきた。
携帯を取り出し、店のインスタをもう一度見る。
隣に居た常連さんが、覗き込んでくる。
「オレもインスタ見て来たんだけど、看板娘、いつもよりちょっと笑顔が固いな?」
「そうっすか?」
「まぁ、今日の感じも、たどたどしくて可愛いいけどな」
秀人がムッとしたのに気付いてない。
ちょうど料理を運んできた、路子さんに言われる。
「サヤちゃんがいつもの笑顔じゃないのは、一番わかってるでしょ?」
帰り際に路子さんに声をかけられた。
「秀人、あんた一度梓さんと向き合いなさい」
「梓と?」
「きっとこれからのヒントが見つかるはずよ」
実家に帰ると行きあうが、弟の部屋の片付けをしてくれているので、なんとなくそのまま帰ってきてしまう。
「分かったよ。一度話をしてみるよ」
駐車場で車に乗り込むと、助手席にサヤが乗っている錯覚に陥った。
そこだけ、温かい色が付いているような気がする。




