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砂の城  作者: F
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舵をきる

「サヤー、おはよ〜」

出勤時、声を掛けられ、後ろを振り返る。

同期の新村奈緒が小走りで来て横に並んだ。


「サヤ、今週末の社員旅行行くでしょ?」

そういえば、と思い出した、今週末に迫っていた事に。


「行くよ。気は進まないけど」

サヤの渋る顔を気の毒に思ったのか、奈緒は、まぁまぁとサヤの肩を抱き寄せた。


「正社員は極力参加ですから。日帰りだしさ、同期で固まって、バス、一緒に座ってこ」

「うん」


普段は課が違ってほとんど話す時はないけど、同期というだけで、強い絆がありがたい。

特にサヤみたいに人見知りするタイプには、社交的でお姉さん肌の奈緒の存在にはいつも頼ってばかりだ。

旅行はいまいち気が乗らないけど、奈緒や同期と近況を報告しあえるのは、単純に嬉しい。


「その時さ、倦怠期の話を聞かせてよ」

サヤがニヤニヤと笑って言うと奈緒は、ふぅ~とため息をついた。


奈緒には、高校生から付き合っている彼がいて、会うといつもブツブツ文句を言っている。

倦怠期だと言っているが、本当は仲が良いこともサヤは知っている。




奈緒と別れて事務所に行くと、珍しく課長が居た。

いつもは本社側の事務所に居て、この現場事務所に朝から居るのは、珍しい。

何かあったのか、と自分には関係ないと思いつつロッカーに荷物を入れると、すぐに声をかけられた。


「向井さん、ちょっといい?」

「私をお待ちだったんですか?」

「そう」


50代の課長は、最近老眼が進んだとかで、メガネをズラしてサヤを見た。


「仕事増やしていい?」

すぐに断る方向に舵をきる。

仕事が増えたら、余裕もって定時に上がれない。


「今の仕事で、時間内はいっぱいなんですが…」

「いやいやいや」

課長の声が1段階大きくなり、否定する。


「向井さん、比較的忙しい日もあまり材料が入らない日も同じ時間に帰ってるよね?」


課長は続ける。

「忙しい日のペースでいつも仕事をすれば、忙しくない日、時間空くんじゃない?」


「そういう日は、後回しにしてた仕事をしてるんです。別にわざとゆっくりやってるわけじゃないんですけど」


少し後ろめたい部分もあるが、なんとか免れないかと言ってみる。

課長のこの言い方は、もうやる事に決まったも同然だけど。


「向井さんが頑張ってるのは知ってるよ。ただ、もう少し頑張れるのも知ってる」

課長はニコッと笑ってから言った。


「毎日絶対やらなきゃいけない仕事じゃないから。それこそ手が空いたら少しずつ進めて欲しい」


サヤの負けだ。

本当に出来ないと、力強く伝えるだけの熱量が湧いてこない。

余力があるのは、自分が一番よく知っているから。



その日、久しぶりに残業したサヤは、時間外はこんなに静かだったのかと、シンと静まり返った倉庫内で思った。


作業しながら思い出すのは、課長から新しい仕事を頼まれた後、同じ仕事をしている先輩社員から言われた言葉だ。


「向井さんは仕事が早いし、期待されてるんだよ」

今のサヤにとっては、嬉しくともなんともない。


そりゃ、自分が頼まれなかったから何とでも言えるよね、心の中でつぶやきながら、モヤモヤと戦う。


いや、今は忘れてこっちに集中しよう。

気合をいれるように、自分を鼓舞する。

気付くと、近付いてくる人の足音がしていた。


ここに居ますよ、と知らせるためにわざと音を立てながら材料を動かすと、聞いたことある声がした。


「向井さん!」

あの、ニコニコの新入社員クンだ。

歳は1つ上だけど。


「珍しいですね、こんな時間まで。残業ですか?」

「まぁ、そんな感じ」


サヤは、問いかけに作業の手を止めずに答える。

長尺の材料に、手こずっているのがわかったのか、そっと横から手を貸してくれた。


「何してるんですか?」


秀人の顔をチラッとだけ見て、サヤは少し不機嫌そうに答えた。

「課長から新しい仕事を頼まれちゃって、その準備…あっ、ごめん、写真撮るからそっち抑えてて」


秀人に手伝ってもらいながら、材料の写真を撮る。

サヤのイメージでは、これでだいたい終わったはずだ。


撮った写真を確認しながら、まだ説明が欲しそうにしている秀人に今日撮った写真を見せた。


「似てる材料で、よく在庫が合わなくなる材料達」

「それを写真撮っていたんですか?」


サヤが頷く。

「課長から、より踏み込んだ在庫管理を頼まれて…、材料出す時に写真と照らし合わせれば、出庫の間違いも少しは減るんじゃないかと思って」


秀人は頷きながらまだ写真を見ている。

「この写真を棚に貼ってくれるんですか?」

「まぁね。私達はそれなりに材料がわかるけど、知ってる人ばかりが取りに来る訳じゃないから」


秀人は携帯をサヤに返した。

「ものすごくいいアイデアです。これは僕達営業も、時間外に来る製造も助かるなぁ」


褒められるのが得意ではないサヤは、早く話題を変えたくなった。

「それで、あなたはここへ何しに?」

「あなたって…」

秀人は眉をひそめる。


「シュウトは呼びにくいですか?」

「だってそっちは、向井さんだし、敬語だし。私ばっかり呼べないけど」

「まぁ、確かに」


シュウトは考えるように腕組みし、少し体をよじらせながら言った。


「じゃ、僕はサヤさんって呼んでいい?さすがに呼び捨ては気が引けるから。」


社内では誰もその呼び名では呼ばない。

だいたい「向井さん」か同期は「向井」「サヤ」で呼ぶ。


「別にいいけど…」

サヤも腕組みして秀人を見た。


「で、シュウトの用事は?」

ふんぞり返って秀人の希望通り呼んでやった。

照れも隠して。



少し距離が近くなった2人は、秀人の用事の材料場所に移動する。

どうやら先輩に頼まれて取りに来たらしい。


そうそう、と秀人は思い出したかのように言った。


「少し前に一緒に材料探してもらった時、その時も先輩から材料の事はサヤさんに聞くのが一番早いって教えてもらったんだ」

「え?」

「でも、定時で帰っちゃうからレアキャラだって」

レアキャラって…


「で、急いで現場事務所行ったら、案の定すぐに帰られちゃってさ」

秀人は思い出したようで少し笑う。


そして、サヤを見て言った。

「新しい仕事、嫌そうだったけど、ちゃんと周りは見てるよ。今日だってすぐに残業してまで、ちゃんと責任を果たす所とか…」


秀人のまっすぐな視線をそらすように、サヤは少し俯いた。


「課長もサヤさんだから信頼して任せたんだと思うけど?」

秀人の言葉がジワジワと染み込んでくる。


「うん」

サヤはそう返すのが精一杯だった。



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