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砂の城  作者: F
26/60

タイミング

その日は、朝から順調だった。

荷物の検品は予定より早く終わり、午前中から納品書のデータ入力に取りかかれた。


お昼に食堂へ行くと、久しぶりに涼子に会えて今度の女子会の店を決めることが出来た。


午後からデータ入力後、溜まっていた急ぎではない仕事に手をかけると、一気にやり上げた。


作ってある[保留の書類入]に紙ベースのメモが1枚もなくなったなんて信じられない。

それ位順調で、達成感に満ちあふれていた。


秀人の迎えにタイミングが応援してくれている。

もう少し時間があるから、と材料倉庫へ移動して倉庫の中を見回る。


秀人と見た、試作材料の余りの棚に移動して、ホコリを払い材料の様子を見る。

あの時の事を思い出して、自然と笑みがこぼれる。


思ったより種類が増えているので、材料表示して誰が見ても分かるようにしよう、とメモを取り出した。


その時、「向井さん居ますかー?」と倉庫入口から男性の声が聞こえた。

反射的に「はいっ!」と返事をし、見える位置の通路まで出る。


坂本課長が、手に紙を持って近付いてきた。

材料の在庫を確認しに来たんだな、と瞬間思った。

でも、課長自らが来るなんて珍しいな、とも。


「向井さん…」

予想外のただならぬ緊張感を感じて身構える。

何かあったんだ…。


「大丈夫、落ち着いて」

坂本課長が手で制す。

「秀人が今…病院にいる」

「えっ?」


課長の次の言葉を待つ為に、顔を見る。

思ってもみなかった事に、頭が真っ白になる。


「命に別状はないから安心して。

僕もさっき行ってきたけど、今は落ち着いている」

「何かあったんですか?」聞く声が震える。


「帰りの駅の構内で倒れた。詳しい検査はこれからになると思うけど…」


課長がメモを渡す。

「ここから30分位の病院だから帰りに寄ってやって欲しい。僕が行った時にはもう意識は戻っていたから。

向井さんの顔を見れば少しは元気が出るかも」


「…分かりました」

意識が戻っている、の言葉に多少なりは安心する。

昨日の電話の時は元気そうだったのに。


「くれぐれも安全運転で」

坂本課長は、大丈夫だからと言うように、深く頷いた。


ちょうど終令が鳴る。

試作材料のカバーを再び元通りにして、小走りで現場事務所に戻る。


秀人のことだから、きっと大丈夫だ。

このところの出来事で少し疲れがたまっただけなんだ。


今は私が落ち着かないと、秀人を余計に不安にさせる。

「何をやってるの」と笑ってあげよう。

そして、そっと手を握ってあげよう。




病院独特の雰囲気は、サヤにより一層のしかかる。

坂本課長から渡されたメモを片手に、病棟を確認してエレベーターに乗る。


病室前の名前プレートで、現実が突き付けられる。

それまでは、何かの間違いであって欲しいと願っていたことも。


個室の扉を開くと、静かに病室に入る。

恐る恐る薄いカーテンを開くと、秀人は寝ていた。


顔がいつもより白く血色が悪い。

点滴の管が痛々しく感じる。


「シュウト…」

小さな声で呼んでみるが反応はない。


近くにあった消毒液で手を濡らす。

アルコールが吹き飛び、手が冷たくなる。


手をこすり合わせて温めながら、気持も落ち着かせ、それからそっと顔に触れてみる。


愛しい人が、なぜこんな姿になっているのか。

頬を撫で、代われるものなら代わってあげたいと思う。


近くの椅子に座り、秀人の大きな手を両手で包む。

いつもなら、同じかそれ以上で握り返してくれるのに、と寂しさを感じる。

ただ、手のぬくもりだけは変わらなくて少し安心する。


「早く元気になって…」

秀人の手の甲に祈るように捧げる。

「私には秀人が必要だよ」

いつまでも反応のない手に、分かっているのに、手が離せない。


〝ツラそうに見えた時にはただだまって手を握ってくれればいい…〟

秀人の言葉が思い出される。

いくらでも握るから、はやく元気になって欲しい。

しばらく放心状態のまま、ただ手をにぎり静かに祈っていた。




病室に人が入ってくる音がして、急いで椅子から立ち上がる。


一目みて、秀人のお母さんだと分かった。


涙を拭い、頭を下げる。

「秀人さんと同じ会社の向井サヤです」


サヤが居るとは思ってなかったのか、驚く様子を見せたが、「秀人の母です」と頭を下げた。


「驚かせちゃったわね」

サヤより小柄なお母さんがますます体を小さくした。


「路子ちゃんところのインスタで拝見してます。

秀人と仲良くして頂いてるみたいでありがとう」

「いえ…」

優しい表情は、秀人とよく似ている。


「サヤさん、良かったら玄関のロビーで話さない?」

振り向くと秀人はまだ静かに眠っている。

サヤは荷物を持って、秀人のお母さんの後を追った。


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