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砂の城  作者: F
23/60

保険

明日からまた週末まで出張に行くらしい。

秀人の勤務が元通りになった。


復帰してから2日間は、無理をしている感じだった。

たまに手が止まって考えこんでいる時もあれば、逆に話しかけても反応しない位に集中している時もあった。


課長もその様子を見て、遠方への出張は、しばらく他の人に担当させていた。


休みが明けて少し経って、今はだんだん落ち着いて、以前の秀人に戻りつつあると思う。

「麻生、これで書類終わりだから」

パソコンに出張中に必要になる書類を取り込んでおく。


秀人のパソコンが何かの拍子で使えなくなった場合の保険だ。

「全部PDF取って共有フォルダに入れたから大丈夫」

「ありがとう」


美玖を見て、お礼を言う。

でも目線はすぐにパソコンへ移る。


期待してはいけないと分かっているが、少しの時間だけでも見て欲しいと思ってしまう。


「秀人、明日からの出張って…」

「うん?」

秀人が続きの言葉を待つ為に、手を止めてこっちを見た。


美玖の視線を受けて、数秒目が合うも、すぐにそらせて「どうした?」と作業を再開させた。


いくらこちらが視線を送っても、秀人は見つめ返してはくれない。

「何でもないよ」

「そっか」

確かめてみても、虚しさが残るだけだ。


「秀人の仕事は終わった?他になければ、今日は終わったから帰るよ」

帰り支度を始める。


「麻生、少し話がある。駐車場まで一緒に行っていい?」

秀人が立ち上がる。

美玖には、悪い予感しかしない。


駐車場まで行く間、いつもよりゆっくり歩く。

秀人も歩幅を合わせてくれている。


「麻生にはちゃんと報告しておくべきだと思って…」

一瞬が長くなる。

体が硬直するようだ。


「…もう少ししたら、サヤさんと付き合う事になってる」

なんとなく分かっていたが、胃の辺りに大きな鉛が落ちてきたようだ。


周りの音が何も聞こえなくなる。

まだ工場の機械は動いている時間なのに。


実は秀人と向井さんが付き合ってるんじゃないか、というウワサは耳にしていた。

2人が一緒にいるところを見た、という人が何人かいたからだ。

ある人は忘年会で一緒にいた、と言っていたし、ある人は、ついそこで一緒に歩いているのを見た、と言った。

今考えると、みんな美玖の反応を楽しんでいたとしか思えない。


「秀人から告白したの?」

「オレから話したよ。

本当はもう少し先延ばしすべきだとは分かっていたんだけど。


謝るのは違うと思うから言わないけど、お前とは今まで通り同期のままでいたいんだ」


つまりそれ以上にはなれないということか。


駐車場出入り口に着く。

雨が降り出している。


「オレの置き傘持って行っていいから」

美玖に傘を差し出す。


もう、車まで送ってくれることもないんだね。


「今から雨足が強くなるのに?」

「オレは何とかなるから。濡れて風邪ひくなよ」

秀人は、かけ足で戻って行った。


(私は何かあった時の保険にもなれないのかな…)


さっきまで作業していた書類の事を思う。


ただ、秀人のツメは甘すぎる。

まだ嫌いになりきれていない。

何かチャンスがあるんじゃないか、と思ってしまう。

諦めようと思っていたけど、そう簡単に諦めきれない。



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