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砂の城  作者: F
2/60

可愛い人

いつもの時間、始業10分前に自分の席に近づくまで、彼の事は忘れていた。

そういえば、昨日の帰り際に何か言っていたような…


「おはようございます!」


すでにサヤの到着を待っていた新入社員クンは、今日も朝から元気にニコニコで挨拶してくる。

まっすぐ目を合わせてされても、手抜きの化粧が恥ずかしいだけだ。


「…昨日の続きですか?」

「はいっ!」


多分二日酔いの人だったら頭に響いてる。

サヤは自分の荷物を近くのロッカーにしまいながら尋ねた。


「何か問題があったんですか?」

「昨日入る予定の材料を探してるんです」


確かそんな話をしていた。


「…それは発注忘れか、仕入れ先の納品忘れって事はないんですか?」

「発注もしてあるし、仕入先からは送付状の控えももらいました。昨日の日付で受領印が押されてます」


「受取の受領印は…私?」


新入社員クンは、少し申し訳なさそうに言う。

「えぇ、向井さんです」


くぅぅ~、終わった。


昨日は月曜日で特に材料の入荷が多い日だった。

検品した材料は、リフトの免許を持っている作業員にお願いして所定の場所に整理してもらう。

考えられるのは、他の材料に混ざって納品され、それを見落としてしまった事。


受領印は個人名が入ってない物にして欲しい。


「探してるのはどの材料?」

新入社員クンに示された材料は、予想通り1番多く材料を購入している仕入先だ。


「とりあえず、納品書と現物とひとつひとつ付け合せしていきます。申し訳ないんだけど、時間下さい」


早く始めて少しでも早く帰らなくては。

まだ火曜日なのが悔やまれる。

週の前半での体力消耗は週末まで持つかどうか…


「僕も手伝います」

「えっ?」

自分の仕事でもないのに、何を言い出すのか。


「いくら新入社員でも、忙しいでしょ。私がボチボチやるから大丈夫」

 

新入社員クンは、私から納品書を取ると一部コピーした。


「2人でやった方が早いです」

納品書を返しながら、ニコニコまっすぐ笑って言う。

本当にまっすぐに。


「仕事は大丈夫なの?」

「大丈夫です。急ぎの仕事は昨日終わらせておきました」


それはそれは計画的にありがとうございます。

素直にお礼が口から出ないから心の中でつぶやく。


「それじゃ、お願いしようかな」


他の社員に今日入ってくる材料の検品はお願いして、2人で材料倉庫に向かう。


背が高い新入社員クンは、すれ違う人みんなに元気に挨拶するので、横で歩くサヤもつられて挨拶しなくてはいけなくなった。

いつもなら、おざなりの挨拶なのに。


「あのさ、昨日のうちにまだ残ってる社員に頼んで探すって手はなかった?」

念の為聞いてみる。


「次の日になっても、向井さんに聞いたほうが早いと思いました」

そうですよね、私がやった事なので。


「ちなみにですけど…向井さん僕の名前知ってます?一度も呼ばれた事ありませんが」

新入社員クンが痛いところを突く。


「えっとー、今年の新入社員は例年より多かったからさぁ」

モゴモゴ言うと、彼は止まってまっすぐ体を向けたので、サヤもつられて向かい合った。


「今泉秀人です。ヒデトと呼ばれがちですがシュウトと言います。ちなみに配属先は知ってますよね?」


「あぁ、材料探す位だから営業か製造じゃない?」


ハッキリしてない答えに、彼は軽く注意するように首を振った。


「営業課の今泉秀人です。もう入社してから5ヶ月も経つんですから、そろそろ覚えて下さい」

歩きましょう、と手で合図される。


「向井さんは短大卒で入社して2年目ですよね?」

「そうだけど…なんで知ってるの?」

「入社案内の先輩コメント欄に載ってました」


そういえば、書かされた覚えがある。

何を書いたかまでは思い出せないけど。


「僕は大卒で向井さんより歳は1つ上、でも向井さんの方が社会人としては1年先輩だから、プラマイゼロって事で、僕の事は、シュウトって呼んで下さい」


ニコニコ顔で言われても急には呼べそうにない。

それと、笑顔が似合う人だな、と初めて思った。


「じゃあ僕は納品書の下からチェックしていきますから、向井さんは上からお願いします」

いつの間にか主導権を握られている。


納品書片手に颯爽と去った秀人を見送るとサヤは黙々と確認作業を進めた。


しばらくして、手に届く範囲の確認は終わり、あとは棚の上の方の確認だけになった。

出来れば、見える範囲の棚から見つかって欲しいと願ったが、願いは届かなかったらしい。


1番重荷なのは、リフトでの荷下ろしををお願いする事だ。

作業員も余計な仕事が増えるから、表面上は表さなくても内心嫌なのが分かる。


1つ息を吐き出して、気合を入れる。

お願いしなくては、先に進めない。


ちょうどリフトに乗っている作業員が視界に入ったので、急いで駆け寄って行くと、エンジン音にかき消されないような秀人の大きな声が聞こえた。


「宜しくお願いします!」

「はいよ!」


リフトの運転手が手で合図しながらこっちに向かってきて、サヤに聞く。


「どこの棚おろすの?」

「E-1とF-3です」

「はいよ!」


リフトの荷下ろしが終わった頃には、秀人が視界に入る所で作業を始めていた。

先回りして荷下ろしの指示をしてくれたその気遣いが痛い。

ただ、確認作業も終盤に入ってきた事になるが、見つからない事に焦りを感じ始める。


また見落とししてるんじゃないか、それとも本当は入荷してないんじゃないか。

段々と不安は募る。


これで見つかって、っと何度目かのお願いで次の紙包を開けると明らかに素材が違う材料が1つ入っていた。

紙包表面には、その材料品番の記載はない。


ちょうど様子を見にきた秀人が、

「あっ!」

っと声を上げた。


「この材料です。やっと見つかりましたね」

ニコニコ顔で嬉しさを表す。


そして、紙包から材料を引き抜くと、

「ありがとうございました」

と深々と頭を下げた。


「表示漏れじゃ、向井さんは分かりませんよね。

今回は向井さんの責任じゃありませんよ」


私の責任ではないかもしれないけれど、ワイシャツの袖口をまくってまで手伝った秀人が一番の被害者だとは思う。


話を遮るように、館内放送が流れた。


「今泉秀人 至急営業課まで戻るように〜」

「ヤバっ」

秀人は、材料を片手に焦りだした。


「早く行って」

サヤが急かすと、秀人は自分が確認した分の納品書のコピーをサヤに手渡した。


「ありがとうございました」

またお礼を言って去る、秀人の後ろ姿を見守る。


サヤの手には男の人には珍しい、キレイな字のメモが記された納品書だけが残った。



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