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砂の城  作者: F
15/60

抱きしめて

「向井さん」

すれ違いざまに課長から話しかけられ、振り返った。


「来週の忘年会出るよね?」

「その予定ですけど…」


忘年会終わりに、同期で二次会が予定されている。

信吾の送別会も兼ねて。


「今年度の優秀者の表彰、在庫管理の向上担当者として推薦しといたから、一言考えておいて」


「…はい」


サヤはまだピンとこず、とりあえず返事をした感じだ。

課長と別れて廊下を歩きながら、復唱する。

表彰? 一言?

去年一度だけ経験がある忘年会を思い出してみる。


そういえば、忘年会が始まる前に、表彰式があって数人が賞状と金一封をもらっていた気がする。

受賞の感想を聞きながら、やっぱり褒められる人のコメントは一味違うと感心させられた覚えがある。


まさか、その事を言ってるんじゃないでしょうね。


焦るサヤは、もう一度課長に確認しようと方向転換した。


その時「サヤ〜」と呼ぶ声がした。

奈緒だ。

「奈緒ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど…」


「サヤ、すごいじゃない!」

「えっ?」

「優秀者に選ばれたって」

「何で知ってるの?」

「今年の幹事は経理課だから、司会を頼まれた関係で一般社員より早く情報が入ってきたんだよ」

「奈緒、私は無理。あんな200人の前で話すなんて絶対無理。課長に話して辞退してくる」


事務所に向かうサヤを、奈緒が止める。

「サヤ、もう遅いかも…」

「えっ?」

「役職者にはすでにメール連絡が入ってるはずだよ」

「えぇ〜!」


サヤはその場で力が抜けて、しゃがみ込んでしまう。

「どうしよう…」

「大丈夫だって。誰もコメントなんて覚えちゃいないから」

「でも…200人の前に立つなんて」


「それに見て、受賞者の名簿」

奈緒が差し出してくれた名簿の一覧を見る。


「えっ…」

「そう、秀人も表彰されるよ」

新入社員で表彰されるなんてすごい。


「滅多にもらえるもんじゃないし、今からならコメントも準備出来るし、ねっ」

奈緒の励ましに、「う〜ん…」と煮えきらない返事をしてしまう…





「サヤさん大丈夫?」

秀人からの電話も、今日ばかりはテンションが上がらない。


「今から緊張してお腹痛い…」

「まだ1週間もあるよ!」

「うん…」


ナビのアナウンスが聞こえるから、秀人は運転中らしい。

「今からそっち行こうか?」

「今から?」


もう23時をまわってる。

「大丈夫。さすがにそれは申し訳ない」

それはそうかもしれないけどさ…とブツブツ聞こえる。


「とりあえず眠くなるまで、コメント考えてみるよ」

「それがいいかもね、でも考えすぎないで」

「ちなみに秀人は何を話すの?」

「あっ、その時考える」


この温度差の違いは何だろう。

ちょっとムッとしてしまう。

(そりゃ、何でも器用に出来る人はいいけどさ)


今度は胃がチクチクする。

頭の中でぼんやり何を話すかを考える。




朝、早目に出勤すると、机の上にプリントが置かれていた。

〝受賞者のコメント例〟

使えそうな所には、波線が引かれている。

数枚めくった最後には、〝あとはサヤさん自身の言葉で話せばいいよ〟と書かれている。

オヤツのチョコレートも一緒に。


秀人らしい、と思う。

プリントを大事にしまって、早速今日の仕事に集中する。




いよいよ、明日が忘年会となった日、

「サヤ、今日は秀人体調不良?」

と奈緒に呼び止められて、秀人が休んでいる事に始めて気付く。


昨日の電話で、コメントの相談をしてもらったが、他は何もきいていない。


「ちょっと連絡入れてみるね」

奈緒もサヤが知らなかったことに少し驚いたようだ。


「明日の忘年会には治るといいね」

サヤは無言で頷き、早速携帯を取り出す。

悪い予感しかしない。

5コール目を鳴らした所で、秀人が出る。


「サヤさん?」

声も周りも落ち着いている。


「秀人、大丈夫?」

「うん」

言葉が少ないのが余計不安になる。


「課長だけ知ってるけど、少し休むかもしれないよ」

予想したとはいえ、どうしていいか分からない。


「サヤさんは、とりあえず明日の表彰式頑張って。応援してるから」

「分かった」

「病院だから、またこっちから連絡するよ」


後ろ髪を引かれる思いで、秀人との電話を切る。

私に何か出来る事はないのだろうか。

自分の無力さを思い知る。

ただ居ても立ってもいられなくて、その日は不安な夜を過ごした。





「サヤ、ステージに上がる前に深呼吸しろよ。ぶっ倒れそうだぞ」

悟が心配して声をかけてくれる。


「うん」

落ち着かなくて、手を胸の前で組んだままのサヤが行ったり来たりして居る。

その手は小刻みに震える。

まだ集合がかからず、うろうろしているのを見かねて悟が来てくれたのだ。


サヤを含めて4人の受賞者が居るという。


そこへ司会補助の奈緒が、待機場所へと誘導しに来た。


「一瞬だから頑張ってこい」

悟が送り出す。

頷いて奈緒の誘導についていく。


上手側で受賞者順に並ぶと、奈緒がサヤだけをそっと連れ出した。


専務の挨拶が始まり、みんな一斉に注目している。

「もう始まったよ」

「大丈夫、専務の話で10分も取ってあるんだから」


奈緒につれられ、あの衝立の裏に行けと手で合図される。

裏にまわると、驚くサヤに〝静かに〟と秀人はジェスチャーした。

「緊張してる?」と小声で聞く。

サヤは何度も頷く。


無言でサヤを抱き寄せて頭を撫でる。

会えた安心感で一瞬で力が抜けていく。

秀人の体温と鼓動を感じる


「秀人は大丈夫なの?」

それには答えず、そっと体を離すと愛おしそうにサヤの頬を撫でた。


「サヤさん美味しい顔して」

「こんな時に出来るわけないでしょ」

「じゃ、終わったら何を食べたい?」


うーん、と考えるサヤの手をそっと握り、ペンを取り出すとサヤの手の甲に小さな三日月のマークを描いた。


「上手くいくおまじない」

サヤがそっと撫でる。

「見たことある」


秀人が笑って頷く。 

表彰式の方に行こう、と合図する。

2人で目立たないように、そっと待機場所へ向かった。




(サヤ、落ち着いてくれて良かった)

心配していた奈緒がホッとする。


足取りもしっかりしているし、受賞コメントも、滞りなく話せてる。


遅れてきた秀人に、サヤを連れ出して欲しいと頼まれた時は心配したが、改めて2人の絆に気付かされる。


サヤが無事ステージを降りて、奈緒と目を合わせた。

(上手く言えてたよ)

奈緒は、人一倍大きな拍手をサヤに送った。

 




最後の受賞者である秀人の名前が呼ばれ、ステージに上がる様子を見つめる。

新入社員の中で最も優秀な営業成績だったとアナウンスされた。

その時に思った事を言うつもり、と聞いていたので、秀人が何を話すのか知らないまま見守る。


秀人はまず、受賞のお礼を述べた。

そして、今回受賞するに至ったのは、支えてくれた周りの諸先輩方の協力があったからこそだ、と告げた。

そしてもう1つ、自分が日々大切にしている事として、入社案内に書かれていたという話をあげた。


直接お客様の顔や反応を見る事はない部署だ。しかし、手に取った製品が喜んでもらえるようお客様の顔を想像して日々仕事に励んでいる、という記事だったという。


1つの製品に携わる社員達の気持ちを胸に、今後も営業活動に励む、と締めくくった。

サヤは自分が入社案内に寄せた記事の内容を、思い出した。



表彰式が終わり、そのまま忘年会となる。

いつもの同期達に囲まれ対応していると、いつのまにか秀人の姿が見えなくなっていた。

急いで会場を抜け出し、秀人を探す。


駐車場に向かう道で、秀人の後ろ姿を見つけたサヤは走って追いかける。

振り返った秀人が駆け寄ってきた。


「また病院へ戻るの?」

無言で頷いて、暗闇に紛れてサヤを抱きしめた。


「緊張した?」と秀人が言う。

「沢山ね」とサヤが返す。

「それに、私の入社案内の記事を使うなんて聞いてなかったけど?」と問い詰めると、秀人はふふっと笑った。


「サヤさん、次に会った時、今度はオレを抱きしめて」

「…分かってる」

最後に、もう一度強く力を込めると、秀人はサヤの頭を撫で、車に向かった。


サヤは秀人の車を最後まで見送っていた。


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