心配
「インターンシップの大学生?」
「うん」
いつもの女将さんの店。
秀人は路子さん、と呼んでいる。
他のお店でもいいよ、と秀人は言ったが、サヤが女将さんに会いたいとお願いした。
今日は女将さんのオススメを注文してある。
「はい、サヤちゃん。旬の長イモのグラタンだよ」
女将さんから「熱いから気を付けて」と器をもらうと美味しそう〜と、顔をほころばせた。
小皿に取り、ふぅふぅと冷まし、一瞬熱い顔をしてから、美味しいっ!と笑顔になる一連の流れを、秀人が見守っている。
気付けばいつの間にか女将さんがサヤに携帯を向けていた。
「路子さん、今の写真全部オレに送って」
「待って、動画だから」
「えっ?」
あっという間にインスタに投稿された。
「ウチの看板娘、完璧だわ。サヤちゃんありがとう」
女将さんはサヤにお礼言うと、さっさと仕事に戻って行った。
その姿を秀人は恨めしそうに見送る。
「秀人、冷めちゃうよ」
小皿に取り分けて渡してくれるのを受け取りつつ、サヤに言う。
「あんまり美味しそうに食べないでくれる?」
サヤは不思議そうに言う。
「美味しいものを美味しそうに食べて何が悪いの?」
「…ですよね」
「それに私が美味しく食べれるのは、目の前に秀人が居るからでしょ」
「だよね!」
急に元気になった秀人が、勢いよく食べ始める。
秀人の扱いにどんどん慣れてきているサヤだ。
一通り食べ終わって、話を元に戻す。
「インターンシップの大学生の話だけど…」
「あぁ尾崎くんだね。好青年だったよ」
「もう営業課の研修は終わったんだよね」
「営業課は1日しか居なかったからね。あっと言う間に終わったし、オレは営業に出ちゃってほぼ挨拶程度だったけど」
「そっか、秀人が関わってたら情報をもらおうと思ったんだけどな。月曜日から3日間資材課に来るんだよ」
それを聞いて秀人が驚く。
「3日間?長くない?当初の予定なら1日か長くて2日だったはず」
サヤが首を捻る。
「どこかの課で予定がくるったんだろうね」
「で、サヤさんの所は何日目に来るの?」
「?…全部だけど?」
「全部?ずっと面倒見るって事?」
「そうだよ」
秀人が固まっている。
「どうしたの?」
「江川資材課長に文句言っていい?」
「…秀人が言っても聞いてもらえないと思うけど」
「オレ、月曜日から倉庫に顔出すよ」
「いや、尾崎くんがビックリするから来なくていいし」
お互いに、いや、いやと言い合いをしてる所に、女将さんの一声が入る。
「甘いものあるよ!」
「いただきます!」
間髪入れずに手を上げるサヤ。
秀人は笑い、
「オレには温かいお茶を下さい」と言った。
女将さん手作りの自家製プリンは、昔ながらの固めのプリンだ。
甘さがちょうど良くて、美味しい。
「サヤさんってホント美味しそうに食べるよね」と言う秀人に、
「子供みたいって思ってるんでしょ」とサヤが膨れる。
秀人は笑って首をふる。
「こっちまで幸せになるって思ってるだけ」
「ホントに?」
「ホント、ホント。日常の嫌な事とか不安な事とか全部飛んでくよ」
秀人の顔が一瞬悲しさをみせた。
サヤにも伝わってくる。
「今のオレにとっては一番必要な事だし、サヤさんが居てくれて本当に良かったなぁって思ってるよ」
秀人がゆっくりお茶を飲む。
サヤの振る舞いで、秀人が少しでも癒やされてくれるならいい。
秀人をじっと見てしまう。
秀人が「何?」と見返す。
「秀人、ホントは甘いもの苦手だよね?」
急なサヤの質問に、むせる秀人。
「私と出会ってから、食べてる所見たことないよ」
「いやそれは、たまたまだと思うよ」
疑いの目を向けるサヤ。
「ダイエット、ダイエット」
「必要ないと思うけど?」
「あの、アレだよ、アレ、ねっ」
全然会話になってない。
「私のお土産選びになんで付き合ってくれたの?半分こまでして」
秀人は、少し怒ったように言う。
「そんなの、サヤさんと話すキッカケが欲しかったからに決まってるだろ」
ふてくされてる秀人にサヤが笑って言う。
「秀人、可愛い」
「寒くない?ちゃんとマフラー巻いて」
サヤの首元を気にしてくれる。
「ありがと」
女将さんの店を出て、恒例になった散歩をする。
空気が冷たいけど、澄んでいて、星がキレイに見える。
あの星がオリオン座かなぁと話しながら、自然に手をつなぎ、空を見上げて星を指さしたりして、サヤの歩幅に合わせて歩く。
「また伊藤主任に見られちゃうかな」
「そうしたら、さすがにオレが話するから、サヤさんは心配しなくていいよ」
「うん」
お店では話せなかった、弟さんの症状について聞くも、「今は落ち着いているよ」とだけ俯きながら秀人は言った。
そこにはサヤの質問を受け付けない空気があった。
口には出さないが、秀人の態度からあまり良い状態ではないのだと、察した。
それっきり、秀人は空気を変えるように最近あった話をする。
いつもなら、秀人の一語一句に反応するが、今はなんだか集中出来ない。
だんだん女将さんの店が見えてきて、駐車場に秀人の車が見えた時、強い風が吹いた。
ホコリが舞って、サヤが顔をかばう。
「サヤさん、大丈夫?髪が乱れちゃったよ」
秀人がサヤの髪を直す。
「秀人…」
「どした?」
サヤの髪を直しながらこちらを見る。
「弟さんの事、話したい事があったら、いつでもいいから話してね」
秀人の手が止まる。
「私は聞く事しか出来ないけど、秀人の心が少しでも軽くなればいい」
サヤも秀人を見つめる。
「私に心配かけないようにしてるけど、秀人が思うより、私は強いよ」
サヤがゆっくり秀人に抱きついた。
「もし、独りで泣いたりしたら許さないから」
サヤのぬくもりが感じられた時、ただ体が自然に動きサヤの体に手を回し、抱きしめた。
サヤはいつまでも、震えるその体を慰めた。
家に着くと、いつもは寝ている時間の母が起きていた。
「ごめん、待っててくれた?」
「もう子供じゃないんだし、信用してるんだけど、つい心配しちゃって。
早くお風呂入っておいで」と言う。
サヤは素直に「ありがとう」と伝えた。
月曜日の朝は忙しい。
各部署へ書類回覧しに行くと、見覚えある後ろ姿の人が居る。
目線の先は材料倉庫だ。
そっと近づき、
「何してるんですか?」と声をかける
ビックリした秀人が、慌てた素振りを見せた。
「奈緒さん!」
「インターンの研修中か」
「今日から3日って長くないですか?」
「サヤ、準備頑張ってたよ。前までそんな感じじゃなかったのに…。秀人のお陰かもね。」
2人でサヤの様子を見る。
資料を見せながら、身振り手振りで説明をしてる。
「相手が男の子だから心配で見に来たんじゃないでしょうね?」
「いやいやいや」
どうやら図星らしい。
本当分かりやすい性格だ。
「秀人が思うより、サヤは秀人が好きだと思うよ」
秀人が即反応する。
「奈緒さん、そこの所もう少し詳しく教えて下さい」
「嫌だ」
逃げる奈緒を追いかける秀人。
秀人の笑い声が聞こえた気がして、サヤが振り返るもそこには誰も居なかった。
「川島さん、ピンクのマーカー持ってます?」
悟は引き出しから、ペンケースを取り出し秀人に渡した。
「はいよ、多分入ってると思うけど」
「ありがとうございます」
秀人はペンケースの色を見て、同じ色のサヤのマフラーを思い出した。
あの日、サヤに抱きしめてもらって流した涙は、サヤに染み込んでしまったかもしれない。
ただサヤの笑顔だけが見たくて、心配をかけたくなくて、気丈に振る舞っていたが、サヤには何もかもお見通しだったんだ、と思う。
せめてサヤに染み込んだ悲しみが、サヤを苦しめなければいい。
抱きしめた時のあの温もりと、か弱い肩の感触が忘れられない。
「川島さん、男同士の話してもいいですか?」
「お前なんだよ、改まって」
「サヤさんの事です」




