宿命
久しぶりの同期会は、めっきり寒くなったとの話題から始まった。
あと1ヶ月半で今年も終わる。
年々、1年が短くなっているし、去年も同じ事を思った。
毎日適当に過ごしてる訳でもないのに。
信吾の転職先が決まり、年内で実家に帰る事が決まった。
家を継ぐ予定だった弟さんが、婿に入る事になったのだという。
「急に家を継ぐ事になって、弟さんと揉めなかった?」
隣に居る信吾に聞く。
「揉めた、揉めた。何度も話し合いした」
信吾は、ビールを一口飲んだ。
「こっちの生活が気に入って、仕事も楽しくて、彼女も出来て、ここに根付くつもりだった。
でも、いきなり弟から相談があるって言われて、話を聞いた時には、頭が真っ白になった
連休を利用して、詳しい事を聞こうと実家に帰ったら、みんなに頭を下げられちゃってさ…
でも結局はお兄ちゃんなんだよ、生まれた時から。
兄として生まれた宿命で、弟には、〝心配するな、オレに任せろ〟って言いたいんだろうなぁ」
信吾は少し笑った。
「それで信吾は納得できたの?」
「今は、これで良かったんだって思ってるよ。
人間、考え方1つで変わるもんだな」
サヤは気になっていた事を聞く。
「彼女はどうするの?」
信吾はグラスを置いて短く息を吐いた。
「ついてきて欲しいとは言えなかった。20代前半で、彼女の人生を背負う覚悟がオレにはまだなかったんだ。結局は、そういう運命だったと思う」
「寂しくない?」
信吾は、うーんと間を空ける。
「まだ慣れない」
「そっか」
サヤは短く呟く。
喧騒に紛れて、信吾が聞いた。
「向井はどうなんだ?お前彼氏出来た?」
「好きな人は出来たよ」
信吾はニヤニヤする。
「悟か?」
小声で聞く。
「違うよ」
悟は、奈緒と涼子に最近通い始めたジムの話をしている。
「オレが居なくなったら、アイツ頼むよ。あぁ見えて、割と寂しがり屋だからさ」
「そうだね」
2人して、悟を見てたら、さすがに気付いたらしい。
「オレがイケてるって話をしてる?」
「してないし!」
2人の声が揃った。
ほろ酔い気分の奈緒と、2人で駅まで歩く。
他の3人は2軒目に行った。
「奈緒は行かなくて良かったの?」
「信吾はともかく、他の2人とはいつでも飲めるしね、それより今日はサヤと2人で話がしたかった」
「私が明日仕事じゃなければね」
「それは仕方ない。信吾とは送別会でまた会えるしさ」
「だね」
サヤの携帯が鳴る。
奈緒に、ごめん、と言い電話に出るサヤは、最近キレイになった。
「秀人からだった」
電話を切ったサヤが言う。
「大丈夫だったの?」
「うん。奈緒と居るって言ったら安心してた」
「私だって襲っちゃうかもしれないのにね」
奈緒がふざけて言う。
「秀人の弟さんが、今大変なんだ。毎日のように実家の方へ行ってるけど、秀人疲れてない?」
「近くだからよくすれ違うけど、いつもと変わらないように見えるよ」
「良かった。私の前だけ心配させないように無理をしてるのかと思った」
奈緒がサヤと腕を組む。
「秀人の事、好き?」
サヤは無言で頷く。
「好きだよ」
幸せそうな顔をしている。
「まだちゃんと付き合ってるわけじゃなくて、奈緒にもなかなか言えなくてごめん」
奈緒は、組んだ腕を強く絡ませた。
「サヤが幸せならいい。このままうまく行くといいね」
「ありがと」
世間話に花を咲かせ、肌を寄せ合いながら向かい風に向かって歩く。
楽しそうに話すサヤを横目に奈緒は思い出していた。
秀人の事だ。
「奈緒さんの同期の向井さんってホントにレアキャラなんですね」
楽しそうに話し出す。
「何の話?」
「今、材料の事聞きに現場事務所へ行ったら、チャイムとともに帰っちゃいました。あんまり会えないから先輩がレアキャラだって」
あぁ、と奈緒も思い当たるから納得する。
「すごく優秀な子なんだけどね。何かキッカケがあれば頑張ると思うんだけどさ。確かに定時で帰っちゃうかも」
「明日もう1回トライしてみます」
秀人はニコニコ席に戻って行った。
あれから、気付けば秀人はよく現場事務所に行っていた気がする。
坂本課長にも「お前、現場事務所にもデスクがあるのか?」とからかわれていたのを耳にした。
一度は天気が急変して土砂降りになった時、雨を落としながら帰ってきた。
聞けば、材料の運搬を手伝っていた、と言う。
「サヤさんは知らないから奈緒さん、内緒ね」
秀人はかなり前からサヤの事が好きだったと思う。
だから、2人がうまくいってくれたら、嬉しい。
でもこの事は、サヤにはまだ黙っておこう。
いずれくる倦怠期のプレゼントにしてやるのだ。
サヤの今日の休日出勤の目的は、当番制の荷受けとインターンシップに来る大学生を迎える準備だ。
歳も近いから、と面倒を見るように言われてから、少しずつ準備をしてきた。
わかりやすいように、材料棚の場所を掲示し、検索しやすいようにファイルを並び替える。
いろんな課を経験後、来週から3日間資材課の現場事務所に来る。
来週はいつも以上にバタバタするだろう。
予定されていた荷物も届き、そろそろ帰ろうかと思った時、秀人から電話が入った。
「サヤさん、終わった?」
「すごいタイミングだね。今ちょうど終わったよ」
自然と体温が上がる。
「妹が交代してくれたから、ご飯行こうか」
「ホント?」
久しぶりにゆっくり会えるのが嬉しくて、つい反応してしまう。
「ここからだとまだ1時間半はかかるよ。迎えに行くから家で待っていて」
家に帰る足取りが軽いのは、久しぶりだ。




