祭りの後
秀人が当初の予定より早く迎えに来た。
女将さん(路子さん)のお店の後、行きたい所があるという。
秀人のファンになった母は、わざとらしく出迎え、挨拶していた。
そんな母にも丁寧に接する秀人はさすがだと思う。
女将さんは、待ちわびた、といいながらサヤを招き入れ、栗ご飯あるよ、と美味しい提案をしてくれた。
前回は全然話せなかったが、今日は開店間もない時間でお客さんも居ない為、相手をしてくれる。
とても元気な方で、パワフルで、最近始めたという店のインスタを紹介し、フォローして欲しいとサヤに言う。
サヤは喜んで登録した。
「でも全然更新しないんだよ」
秀人が言う。
「投稿するネタがなかなか無くってね。そうだ、サヤちゃんに看板娘になってもらおうかな」
女将さんが提案する。
「そうすれば、フォロワーも増えるし」
サヤが笑って手で否定する。
「私じゃ増えませんよ」
「そう言わないで。はい、今日のオススメの栗ご飯持って、笑って!」
半ば強引に写真を撮り、アップする。
秀人が早速インスタを確認して、ヤバっ、と呟き言った。
「やめさせれば良かった、オレに見せる顔より可愛い」
秀人がテーブルに突っ伏す。
女将さんはそんな秀人を無視し、
「サヤちゃん、栗ご飯サービスするからもう少し食べる?」と提案してくれた。
「はい」
サヤは素直に頷いた。
近くから祭囃子が聞こえる。
点々と電柱に笹が括りつけられている。
法被を来た子供と大人が行き来し、雪駄の音が夜の祭り気分を盛り上げている。
「向こうに神社があるから行こう」
家々に飾られた提灯が、柔らかい光を放ち、懐かしい気分になった。
子供の頃、お祭りの時だけは夜の外出が許された。
お小遣いを持って、近所の友達と出店に行く。
毎年同じような店しかないのに、昼間も通った道を何度も往復した。
「すごくワクワクするし、懐かしい気分になるね」
「サヤさんは何の出店が好きだった?」
「水アメかな。1つ買うと、クジが引けて並び番号だともう1個もらえたの」
「オレの時は型抜きだったなぁ。器用じゃないから、いつも上手く抜けなくてイライラして」
「そうそう、クジの店と型抜きの店があった」
境内に入ると、砂利道になった。
秀人がそっと手を差し出す。
「リードの代わり。足元、気を付けて」
子供達が太鼓を叩いて乗る山車がちょうど見える。
その周りを、横笛を吹く大人達が囲む。
山車に乗った赤い口紅をさした女の子が、知り合いを見つけたのか上から手を振っている。
見てるだけで、祭気分を楽しめる。
今は会話がなくても、繋いだ手が秀人の気持ちを伝えてくれた。
山車がだんだんと引かれていき、人もそちらに流れて行く。
祭囃子と太鼓の音が離れていくのに合わせて、だんだんと静寂が訪れる。
「サヤさん、そこ座ろう」
秀人が近くのベンチを指した。
「このお祭りが見たかったの?」
「それもあったけど、この雰囲気の中でサヤさんに話しておきたい事があったんだ。
お囃子に紛れて、少しでも心の負担を減らしたかったし、オレも話しやすいから。
家族の事だからあまり周りには言ってなくて、ごめん、ちょっと重たい話になるけど」
「…うん」
秀人の次の言葉を不安な思いで待つ。
「オレに弟が居る話はしたよね」
「うん、2歳違いだけど仲がいいんだって言ってた。
近所に幼馴染の彼女が居るんでしょ?」
「そう、その弟なんだけど、ついこの前病気が見つかった」
「えっ?」
「正確にいえば、元々悪かった所が悪化したって感じかな」
「大丈夫なの?」
「分からない。もう何年も前に発症して、ずっと薬を飲んでたんだ。
薬さえ飲んでいれば、普通の人と同じ生活が出来るから僕達家族でさえ危機感が薄れてた。
それが急に倒れて、今はそのまま入院してる」
多分、秀人は必要以上に心配かけさせまいと、まるで他人の話をするように言っている。
心遣いが伝わるが、予想さえしてなかった話だから、戸惑ってしまう。
何を言ったらいいのか分からなくて、でも何かしたくて、秀人の手の甲の上に自分の手を重ねた。
秀人はゆっくり手のひらを返し、サヤの手を包み込んだ。
「母親が精神的に参っているから、しばらく病院と会社を行き来して、看病を手伝うつもり」
「…うん、分かった」
下を向いていたサヤは顔を上げる。
薄い暗闇の中、秀人を見る。
まだ祭囃子の音は聞こえている。
秀人はもう片方の手でも、サヤの手を包んだ。
「もし、オレに会いたいと思ってくれたら、ちゃんと言って欲しい。寂しい時、声が聞きたい時、ちゃんと言って欲しいんだ。それをワガママだとは思わないし、サヤさんの気持ちは、全部受け止めたい」
「…うん」
「それから、この件が落ち着いたら、改めてオレの気持を聞いて」
「…うん」
「サヤさんが寂しく思う時、側に居てやれないかもしれないのが心苦しいんだ」
サヤは首を振った。
「秀人、聞いて」
サヤはちゃんと届くように、と願いを込めてゆっくり話した。
「秀人は最初からいつも私を想って行動してくれてる。
材料を探す時も、旅行に行った時も、伊藤主任の時や雨に濡れた時も、散歩した時も電話で励ましてくれる時も全部私を想ってくれてたよ。
それは、元々秀人が持ってる優しさからだったかもしれないけど、私には全部が幸せだった。
だから、もし、寂しいって感じる事があったら、今までにもらった秀人からの想いで満たせるよ。
だから謝らないで」
秀人はそっとサヤを抱き寄せた。
「時間が出来たら、まっすぐにサヤさんに会いにいく。マメに連絡も入れる。
だから、サヤさん、もう少しだけ待っていて」
女将さんの店に挨拶しがてら戻ると、店は遅い時間にもかかわらず、賑わっている。
バタバタしている女将さんに、
「路子さん、車置かしてもらってありがとう」
と秀人が声をかけると、秀人をスルーして、
サヤちゃん、サヤちゃん、と近付いてきた。
「看板娘、もう1枚インスタ行こう」
「?」
「お祭り帰りのお客さんで栗ご飯完売しちゃった」
サヤの前に秀人が立ちはだかる。
「もう絶対ダメ!」
サヤを連れて、女将さんを追いやって強引に店の外に出る。
「やっぱりオレが居ないと不安だ」
秀人がボソっと言った。




