違い
さっきまで、携帯を気にしてたかと思うと、急に電話をしながらバタバタと席を外す。
そんな秀人の姿を麻生美玖は目で追った。
美玖が読んだ恋愛雑誌には、結婚相手と初めて出会った時に、鐘が鳴ったという体験談が載っていた。
信じていた訳ではないが、秀人と初めて会った時、教会で鳴るような鐘の音が鳴り響き、もっと言えば天使が舞ってる姿も見えた。
その位運命の人に出会えたのだと、強く感じたのだ。
自分でも、容姿はかなりイケている自信があった。
少し愛想よくすれば、みんなチヤホヤしてくれるし好きになる男性とは、ほとんど付き合えた。
だから秀人とも、なんの苦労もなく付き合えると当然思っていた。
でも、遠回りにアピールしても、もっと積極的にアプローチしても、なんならちょっと女性の部分を見せても、秀人は変わらなかった。
秀人はみんなに優しくて、そして平等だった。
同期7人のうち、4人が女性でそのうちの1人と秀人の取り合いになった。
物でもないのに。
それからはお互いギクシャクして、会っても挨拶が精一杯だ。
少し位仲が悪くなっても、秀人だけ手に入ればいいと思っていた。
「麻生さん、今日は遅いじゃない」
まだ戻らない秀人の右隣の川島先輩から声がかかる。
「秀人の契約書類をまとめないと…」
「明日、日帰りで行ってくるんだって?」
「はい」
「泊まりで行く距離なのになぁ。
なにをそんなに急ぐ必要があるのかねぇ」
先輩は、独り言のように呟くと書類を持って席を外した。
ちょうど入れ違いで、電話を終えた秀人が席に戻る。
「麻生、今日もう遅いからオレの書類待ちなら自分でやるからいいよ」
美玖は感じる。
秀人の口調が軽くなった事を。
「明日9時に出るなら、朝少し出来るよ」
秀人は時間を確認する。
「もう少し早く出れそうなんだ。今日中に書類は用意しておくから、大丈夫だよ」
秀人はニコッと笑うと、大きな手でパソコンを叩く。
秀人の彼女なら、あの大きな手に何度も触れる事が出来るのに。
「秀人、私も手伝うから早く終わらせて、ご飯食べに行かない?」
秀人が美玖を見る。
「行ってもいいけど、それなら健吾誘っていい?オレあいつの誘い2回も断ってるし」
同期の健吾が美玖に気があるのを、美玖は感じ取っていた。
だから秀人の態度に腹が立つし、悲しくなる。
「私と2人じゃ行けないの?」
秀人にしか聞こえない位の声で聞く。
「麻生…オレ好きな人がいるんだよ」
今までの秀人は、のらりくらり美玖の質問をかわしてきたが、こんなにハッキリと言われたのは始めてだった。
秀人の中で、相手の中で、何かが前進したんだと思う。
この前は、今は誰とも付き合う気がないって言ってたのに…
「私と向井さんとは何が違うの?」
名前を出した事で、相手が本当に向井さんなのか確認する。
もし否定をしてくれたのなら、秀人の話に現実味がなくなる。
「サヤさんだけ、オレが幸せにしてやりたいと思える人だよ」
なんで私が言って欲しかった言葉を言うんだろう。
「向井さんも同じ気持なの?」
秀人は、うーんと考えると、
「同じ気持でいてくれるといいけどな」と笑う。
まだ、付き合ってるわけじゃないんだ。
「秀人、私まだ諦めないから。でも今日は帰る」
今日は帰って、作戦を考えよう。
まだ、勝負は終わっていない。
もし2人がちゃんと付き合ったなら、その時は潔く身を引こう。
美玖は、車に向かいながら溢れる涙をぬぐった。
美玖が逃げるように帰ると、秀人は明日の契約書類作りを再開した。
美玖の泣きそうなあの顔が浮かぶが、自分にとって何が一番優先すべきかを考える。
本当は誰も悲しませたくない。
悲しみがない中で、みんなが幸せになれたら一番いい。
でもそれはキレイ事だとも分かっている。
秀人にとっては、サヤの笑顔を守る事と増やす事が最優先なのだから。
いつの間にか、課長が目の前の席に座りニコニコ笑っている。
これはよくない笑顔だ。
「お前、上手くやれよ!」
「どこまで地獄耳なんですか!」
完全に楽しんでるとしか思えない。
「いいなぁ。お前ばっかりモテてさ。
麻生もサヤちゃんも可愛いいしなぁ」
「サヤさんの名前は出さないで下さい」
「お前、本当に向井さんの事好きなんだな。
まぁ、上手くいったら、麻生が傷つこうとちゃんと話せ。それと、川島にもだぞ」
「川島先輩…も?えっ?」
秀人が始めて気付いた様子で、頭を抱える。
「ただの同期で仲が良いだけだと思ってた」
秀人の告白に課長が喜ぶ。
「面白くなってきたなぁ!」




