夢か現実か
風邪を引いた当日の事は、良く覚えていない。
秀人に送ってもらった後、倒れ込むように布団に入ると深い眠りについた。
時折おでこを触る母の手をおぼろげに思い出すだけだ。
習慣からいつもの時間に起きて体温を測ってみると、まだ熱がある。
「今日はお休みだね」と母が言う。
「会社に連絡しときなさい」
「うん」
話が終わったかと思いきや、まだ居座る母に
「何?」と聞くと急にニヤニヤしてきた。
「送ってくれた子、いい子だね。
背も高いし、優しそうだし、イケメンだし」
「その話はもういいから!お粥食べたい」
「はいはい」
母は肩をすくめると、またニヤニヤとからかうようにして部屋を出ていった。
秀人の人たらしは年齢を問わないらしい。
まだ頭がガンガンしているが、携帯だけは、と中身をチェックする。
秀人に聞いた、と奈緒と悟からグループラインで連絡があり、みんなからお見舞いの言葉が入っていた。
奈緒個人からも、体調を気遣う他に
「何か相談のる事があればいつでも乗るから」と彼女らしい連絡が入っている。
勘が鋭い奈緒の事だから、全部含めて分かっていて、行動を見守っていてくれてるのかもしれない。
最後に秀人からは、サヤの車を目立たない場所に移動しておいた事、今度の出勤の時には迎えに来る、と入っていた。
食欲はあまりなかったが、少しでも早く良くなるように食べておかなくては、と思う。
ちょうど階段を上ってくる母の足音が聞こえた。
結局丸2日会社を休み、明日から出勤する、と秀人に連絡すると、しばらくして〝何時に迎えに行けばいい?〟と返事がきた。
秀人の家からだと、一度会社とは反対方向に走る事になる。
悪いから、まだ近い奈緒に迎えに来てもらうよ、と送る。
なんとなく返事は分かるが。
今度はすぐに着信がある。
名乗るより先に秀人が
「7時15分に行くから!」と叫ぶように言う。
ガヤガヤとした雑音が遠くなるから、場所を移動してるらしい。
「…なにか怒ってます?」
「オレ、まだ仕事中なの。オレの言う事聞いて!」
「…ごめんなさい。でも、それなら迎え7時にして」
急に秀人の声色が変わる。
「早い方がいい?」
「みんなの出勤時間に重なると恥ずかしい」
「言うと思った。分かったよ、7時に行くね」
「お願いします」
今度は諭すように話す。
「サヤさん気にすると思って、奈緒さんや川島先輩に送った事は言ってないよ」
見透かした行動に、感心する。
先に奈緒に迎えをお願いしなくて良かった。
「何から何まですみません」
謙虚なサヤが可笑しかったのか、秀人の笑い声が聞こえる。
いつもの秀人に戻ったようで、口調も心なしかゆっくりになる。
「熱は下がった?」
「うん、やっと今日の夕方位から」
「もうちゃんと食べられる?」
「重たい物じゃなければ大丈夫だよ」
「良かった。明日また話すけど、土曜日女将さんの所ご飯食べに行こ」
「この前のお店ね」
「今週末でやっと案件が落ち着きそうなんだ」
「沢山頑張ってたもんね」
秀人が、少し笑った。
「予定通り行けるように、もう少し頑張ってくるよ。サヤさんは、早めに寝て」
秀人との電話の後はいつも余韻が残る。
耳に声が残って、反響して、ビリビリと、か弱い電気が走るような。
寝る前に、ふと忘れていた車の鍵の事を思い出した。
家に着いて、秀人に起こしてもらって、車の鍵を貸して、と言われて渡したんだった。
その時確かこう言ってた。
「ここまでするのは、サヤさんだけだよ」
急に電気が走り、瞑っていた目を開ける。
確かに言っていた。
さっきよりも強い衝撃で、目が覚めて寝れなくなる。




