7 筋肉はパワーだ(たぶん)
その夜、再びあの岩だらけの丘へ飛ばされた俺は、片手に紙コップ、片手に台所からくすねた正月のお神酒のビンというおかしな出で立ちだった。
今夜もよく晴れた暖かな晩だ。
星がたくさん出ていて、今にも降ってきそうに見える。
昨日のコーヒー煮出し液は所定の効果を挙げたんだろうか。
村が壊れている様子はないけど、どのみち俺にはよくわからない。
堀部タカヒロは丘の上で待っていた。
「ご苦労、魔導士殿。
材料持って来てくれた?」
「一応な。でもやっぱ、コップも酒もしっかり縮小されちゃったな。
魔物ナメクジの一口分にもならない」
「僕の料理酒もそうだよ。
食器や家具が元のサイズになってるからには何とかなりそうだけど」
話しながら村に着いたので、コーヒー煮出し液は魔物ナメクジに効いたのかと辺りを見回した。
ぶにぶに、ぶにゃぶにゃ。
……ナメクジがそこらじゅうに蠢いている。
効いてないじゃん!!
しょうがねえ、やっぱり酒のトラップ作るしかないか。
井戸のそばに紙コップを置くと、いきなり目の前が真っ白になった。
な、何この壁!
弾き飛ばされて尻もちをつく。
見上げると、ドラム缶の白くでかくなったようなやつが出現している。
俺でも楽々入れそうだ。
「もしかして、紙コップか?」
「そうみたい。ここの地面に着けるとリアルのサイズに戻るんだね。
何で僕たちだけ縮小版のままなのか気になるけど」
しかし、先に紙コップを置いてしまったせいでコップの縁に手が届かず、アルコールを注ぐことができない。
不思議の国のアリスかよ……。
俺は手元に残っている紙コップにお神酒のビンから日本酒を注ぎ、慎重に地面に置いた。
即座に巨大化する紙コップ、地上2.5m(俺目線での推定)。
穴を掘ってないのを忘れていた。
こんな目立つ白い巨塔、いくらナメクジでもひっかからないだろう。
せっかく勢い込んで来たんだから、何としてもトラップを仕掛けてナメ退治を遣り遂げないと収まりがつかない。
「おい堀部、穴掘ること考えないと。
シャベルとか鍬とかブルドーザとか、何かないのか」
「十年かかるって長老に言われなかったっけ」
「それは長老が自分の墓穴掘るときの話だろ。
若者二人が揃ってるんだから、穴の1つや2つ何とかしようぜ」
もうやけくそだ。
堀部タカヒロは「僕、頭脳労働専門なんだけど……」とぶつぶつ言っている。
元の世界から持ち込んだものは地面に置くとリアルサイズ化してしまうので、取り敢えず残りの紙コップと酒のビンは戦力外の長老に預かってもらい、俺とタカヒロは穴を掘り始めた。
碌な道具もないから、園芸スコップ的なものを村で借りて土を掘っては麻袋に入れて運び出す。
すぐに汗がTシャツに染みてくる。
秋の夜だっていうのに、頭からもボタボタ汗が地面に滴り落ちる。
すごい重労働だ。
十代の若者2人で奮闘すること数時間(3分の2は俺が掘ってたけど……ま、仕方ないか、堀部タカヒロのモヤシっぷりは想像通りだ)、何とか1つ目の穴を掘り終えた。
紙コップを落とし込んで本当の大きさに戻ったところにお神酒の残りと堀部タカヒロの料理酒を注ぐ。
一応、これで魔物ナメ用トラップは1個完成。
明日はノートも取れないくらい筋肉痛だ、絶対。
手にマメまでできている。
地面に根が生えたように座り込んでいると、
「召喚士様、お疲れ様でしたわね。お茶をどうぞ。
魔導士様も、よろしかったら」
甘ったるい声がして、蜂蜜色の長い髪、ふっくらとした肢体のセクシーな美女がタカヒロに近づいてきた。
薄い茶色の大きな目をうるうるさせて、堀部タカヒロを見つめている。
手に持った盆からきれいな花模様のカップを差し出すと、ヒラヒラのクリーム色のドレスが堀部タカヒロに纏いつき、ふわりと甘い香りが漂う。
こいつ、こっちの世界ですごいゴージャスなお姉さまゲットしてるじゃん。
「そんなんじゃないよ、僕は姫君に忠誠を誓ってるんだ。
こちらはアケイシャ・ディアラベータ様。長老の義理の姉君にあたられる……」
タカヒロが言いさしたままうっとりと「あ、姫君……」とつぶやいて一点を見つめたまま動かなくなった。
視線の先には小柄でほっそりした身体つき、夕焼けのような赤い髪の女の人がいる。
どれどれ。あちらが例のタカヒロのお姫様か? ご尊顔をぜひ。
「ほお、そなたが召喚士に呼び寄せられたとかいう魔導士か。
なかなか良い男振りじゃのう。
折角の供物じゃ、この婆が直々にそなたの精気を喰ろうてやろうかの」
供物とか精気を喰うとかコワイこと言ってますけど!
加えて太陽フレアみたいに逆立つ真っ赤な髪に皺だらけの青い顔、歯のない口で姫君っていうよりほとんど悪鬼の形相なんですけど!!
百歩譲ってもバーサン以外に形容のしようがないこのお方がまさか!?