❖閑話休題❖ 堀部くんの初めて異世界トリップ
あの次の日、僕は自転車置き場を通りかかったんで、剪定鋏のことを思い出したんだ。
剪定鋏はまだ僕が置いた縁石の上に載っていたから、取りあえず誰か先生にでも渡そうと思って持って来た。
で、あんまり泥だらけで汚いからちょっと拭いたら……いきなり目が廻って倒れちゃった。
何とか起き上がったら、学校がなくなってて、きれいな部屋の中に居たんだ。
キャーキャー悲鳴が聞こえたと思ったら、手に剣や槍を持った女の人が7、8人走ってきて、僕は何が何だかわからないうちに腕と足に切りつけられて、取り押さえられていたんだ。
そして……少し離れた高いところに、すごくきれいな女性が寝椅子に寝たまま僕を見下ろしていた。
キラキラする赤い髪の毛は身体を覆うほど長く、大きな眼は金色。
「そなた、何者じゃ? 《緑の剪定鋏》を持っておるな」
女性は、柔らかいささやくような声で言った。
「姫様、いけません! そんな得体の知れない者にお声をかけては」
お付きの人なのか、何人かのひらひらで色とりどりのドレスの女たちが《姫様》って呼ばれたひとを囲もうとしたんだけど、《姫様》は手を一振りして皆を抑えて僕にまた話しかけた。
「答えよ。
そなた、人間じゃな? その《緑の剪定鋏》はいかようにして手に入れたのじゃ?」
「ひ、拾いました。学校で……先生にでも届けようかと思って持っていただけです」
「そうか、拾ったか……。では、今からそなたが《緑の剪定鋏》の主じゃ。この異界のために尽くすが良い。
シノウィルソニーのところへ連れてお行き」
何のことやらわからなくて訊こうとしたんだけど、僕はお付きの女の人たちに引っ立てられて長老のところへ連れて行かれたんだ。
一応怪我の手当てはしてくれたけど、あっちこっちずきずき痛むのにやっぱり剣と槍で突きながら引っ立てられたって感じだ。
長老は僕をじろじろ眺め回してから言ったよ。
「ふむ、おなごか? おなごの剣士は聞いたことがないのう。
どうじゃ、召喚士か魔導士は? 我輩直々に指導つかまつるが」
「あのー、おなごとは女子のことですよね。
僕、男です。
召喚士とか魔導士とかって何のことですか。
あと、あなたはどなたで僕はなんでここに」
「なんと、男子であったか。
しかしおなごと見まごうほどじゃ、体力はなさそうじゃの……
召喚士が良いかな」
「あのーーー、ですから何の話……」
長老は漫才師でもあるまいにぺしっと自分の額を叩いた。
「姫君は貴公に何も説明せなんだか。
吾輩はシノウィルソニー、このロサ属をまとめておるものじゃ。
貴公は《緑の剪定鋏》の主に選ばれた勇者じゃ。その《緑の剪定鋏》を使えばいつでも人界と異界を行き来できるのじゃぞ。
しかも剣士、魔導士、召喚士、洗濯士など、好きな仕事を選べる」
「最後の洗濯士って何なんですか……っていうか、僕、学校に戻らないとやばいんですけど」
「なに、人界なぞ消えてなくなりはせぬよ。後で《緑の剪定鋏》の使い方を教えるから待っておれ。
して、仕事は何が良いかな」
もう、話がかみ合わないにもほどがあるから、まずは長老の話を聞くしかないなと思ってさ。
「剣士とか召喚士とかって何をするんですか」
「この異界で、魔物がはびこって困っておるのをご存知かな」
「いえ、知りません。
ここに来ちゃったのもどうしてだか解らなくて困ってます」
「貴公は《鳥》によって異界を救う《緑の剪定鋏》の主に選ばれたのじゃ。
剣を振るって魔物を倒すか、魔法を操って魔物を倒すか、召喚の術で魔獣を操って魔物を倒すか、血で血を洗った戦衣を洗濯するか、どれが良いかのう」
「……最後のやつ……後始末専門の係ってことですか」
「そういう者も必要なのじゃ、世の中には」
それはそうですけど、自分じゃやりたくないなあ……。
「先刻、姫君にお目にかかったのであろう。あの姫君を魔物からお守りするのじゃ。
お美しく、馨しく、そして棘だらけの冷淡さの素晴らしい姫じゃよ。
姫君の御為、貴公も力のふるい甲斐があるじゃろうて」
途端に僕の脳裏に《姫様》と呼ばれていた女性の姿が甦ってきた。
燃えるような赤い髪が体を覆って巻き毛の海になっている。
顔は青白かったけれど、金色の大きな眼が少しだけ笑みを湛えて僕を見ていた……。
僕は顔が熱くなるのを感じて、長老に尋ねたよ。
「あの方に、また会えるんですか」
「おお、そうとも。貴公は姫君をお守りする騎士となるのじゃ。時には姫君から直々にお言葉を賜わる機会もあろうよ。
さ、何にしようかの、召喚士など良いのではないかな」
やけに召喚士押しだったね、そういえば。