5 魔物ナメクジと対峙するなら
そうだ、確かにあの時堀部は何かハサミらしきものを拾っていた。
誰かに届けるとか何とか言ってたような言ってなかったような。
「あ、自転車置き場のところでな。
あれのことか?」
「そう、次の日になっても自転車置き場にあったから、僕、拾って持っていたんだけど。
それがこの異界に来るアイテム《緑の剪定鋏》だったんだよ。あの鋏をきれいにしようと思って磨いたらここに飛ばされていたというわけ。
そして……僕は、姫君に出会った」
堀部の顔がほんのりと上気し、眼が恋する乙女みたいにきらきらし始めた。
こうして見ると、こいつはずいぶん整った顔をしている。
いっそ女顔と言ってもいいくらいだ。
しかし、いきなり女の話に飛ぶとは思わなくて、素っ頓狂な展開に俺はちょっとついて行けてない。
「姫君はとてもお体が弱くてね。普段はあまりお出ましにならないけど……ほんとに、この世のものとは思えないくらいきれいな方なんだよ。
僕は突然姫君の部屋に現れてしまって、あやうくお付きの人に半殺しにされかけたんだけど、姫君が助けてくれたんだ。
それから、長老に引き合わせてもらって魔物の話を聞いて……。
僕の《緑の剪定鋏》が、僕たちの世界とこの異界をつなぐアイテムだって教えて下さったのも姫君なんだ。
《緑の剪定鋏》に選ばれた勇者は異界の外の人間でも魔物と戦うスキルを身に着けられるっていうから……僕は姫君を守るために、長老のもとで修行して召喚の技を身につけた」
えーと……
つまり、それ以来お前はここにいるわけ?
「いや、ちゃんと人界に戻って人界での生活もしているよ。三角は気付いてなかっただろうけど、僕学校休んだことないし」
「優等生だもんな。でも、お前がこんな二重生活しているとは夢にも思わなかった」
「魔物退治も結構楽しいけど、僕じゃちょっと力不足でさ。召喚も何度も試してるけどなかなかレベルが上がらなくて……。
協力してくれる仲間ができてうれしいな」
で、やっと召喚できた相手が俺ってかい。
いっそ自分で魔導士になって自己完結する途はなかったんかい。
「自分で魔導士になるってことは考えなかったなあ。なんか、いろいろ召喚できるなら姫君のお役に立ちそうな気がしちゃったんだよね、あの時は。何種類もの召喚獣を操って魔物と戦う!みたいなイメージで」
俺、召喚獣?
「実際はレベル不足で三角以外誰も喚べない。
しかも僕がこっちの世界の存在じゃないせいか、異界の召喚獣はひとつも喚べない」
このポンコツっ!
「三角、さっき落とし穴と酒って言ってたでしょ」
「ああ、普通のナメクジなら、確か庭の隅に穴掘って紙コップでも埋めて、ビールとか発泡酒の飲み残し入れておけば朝にはナメの溺死体がうじゃうじゃ入ってるからさ。
でもハッタリもいいとこだぜ、あんなでっかいやつに効くとは思えない」
「それ、やれないかなあ」
さっき、現地調達無理って話だったよね。
よしんば酒は元の世界から持って来られるとしても、そんなに大量にどうやって運ぶかとか発泡酒だってそんな量になったらトンデモナイ値段がするんだぞとか、だいたい未成年の俺たちがどうやってビール買うんだよとか色々あるよね。
しかもあのイルカサイズの魔物ナメクジ、本気で捕獲する気なのかよ。
思わず手に持った茶碗から堀部の頭にお茶をぶちまけそうになって、ふと茶碗を見る。
俺……この紅茶茶碗、見覚えがある。
以前、外国の土産物でもらった茶碗じゃないか。
ただ。
あれは、俺が(というか人間が)使うサイズじゃなかったはずだ。
テーブルの上をもう一度よくよく見回す。
この薬缶……こいつにも見覚えがあるのは何でだろう。
これも、土産物のミニチュアティーセットに入ってたティーポットによく似ている。
そういえば、母親が集めていたミニチュア家具が幾つか見あたらないと言っていたことがあった。
「堀部……、もしかして、もしかしてだけど、俺たちこの異界では小さくなってるとかそういうことは」
「え」
「ナメクジが巨大化したんじゃなくて、俺たちがこっちの世界に来るとき小さくなってるんだとか、そういう可能性は」
「な、なんでそんな話に?」
「この茶碗とそっちのでかいポット……昔、俺の家にあったミニチュアの飾り物だ」
「そしてここはどこかのお屋敷の床下って話? 意外だなあ、三角ってファンタジー読むんだね」
堀部がコロコロと明るく笑う。
こいつの笑ったところ、初めて見たかも知れない。
学校では……影の薄いヤツだから、まともに話したこともなかったもんな。
「床下がどうとかって話は知らんけど。
このティーセット、それにあの飾り棚…そうだ、壁んとこの妙な樹脂感のある鏡台と椅子も。
俺、家に飾ってあったの見た覚えがあるんだ。
ていうか、ガキの頃飾り棚から出して遊んでて怒られたヤツだよ。
お前の使った茶碗、縁がちょっと欠けてるだろ? 俺が遊んでて落としたヤツだ。こっぴどく怒られたから覚えてる。なんでか幾つかなくなっちゃったって母親が言ってたし……。
うちの母親がこういうちっちゃいもの好きで、よく自分で買ってきたり土産物とかでもらって集めてたんだ」
「ミニチュア家具……」
もし俺の考えが当たっているなら、普通サイズの紙コップと缶ビール1本でも十分魔物ナメクジ用のトラップになる。まあ、持ち込んだときのサイズは保障しないけど、やってみる価値はあるような気がする。
「それなら、話は早いんじゃない。
じゃあ三角、続きはテストが済んでから」
唐突に堀部が言った。