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3 肩に鳥がくっついていた日



 コーヒー煮出し液を撒き終わり、再び長老の家に戻った俺と堀部は、作戦会議をやることにした。

 喚んだ召喚士が帰さないと、喚ばれたものは帰れないと堀部が言っていた。

 ……となると、早いとこあの魔物ナメクジを何とかして堀部に元の世界へ送り返してもらうしかなさそうだ。


 時間の流れとか、この異界ではどうなっているんだろう。

 何しろ時計がない。

 ケータイも持ってない(持っていても圏外だろうけど、時間くらいはわかったかも)

 星は降ってくるほどきれいに見えているけど、星座で方角がわかるとか高さで大体の時間がわかるとか、そんな高度な技能が俺にあるわけがない。

 そういえば、堀部はいつから、どうしてここにいるんだろう。

 帰してやる、と言うからにはこいつは俺たちの元の世界とここを行き来しているってことだろうか。


「でさ、堀部タカヒロ、お前はなんだってこんなところにいるんだよ」


 堀部は少し俯いてお茶の残りを見つめていたが「三角、覚えてないかな」と話し始めた。


「三角の肩に鳥くっついてるの見つけた日……

そういえば、あの鳥どうしてる? 飼い主見つかった?」

「いや、結局誰も名乗り出ないから家に居るよ。元気にぷいぷい鳴いてるけど」

「そっか、あの鳥が選んだのは三角だったんだね。あの日、交番に行く前に園芸鋏拾ったの覚えてる?」


 俺は、あの鳥を拾った日のことを思い返してみた。


*****


「三角? 背中に鳥ついてるよ」


 学校の駐輪場に自転車を止めると、後ろから歩いてきた同じクラスのやつに呼び止められた。

 やっと雪が解けたので、通学にも自転車を使えるようになった。

 道路のところどころに雪の残っているところもあるが、まあ走るには支障ない。

 自転車に乗るにはまだちょっと寒いから、俺はスタジャンを着込んで手袋はめてデイパックを背中に背負って爆走して来たのだった。


「何? 鳥?」

「うん、青っぽい鳥。インコじゃないの」


 そいつは俺の背後にまわると、「おいで」と優しく言った。

 恐る恐る振り返ると、そいつ___堀部タカヒロの手に、確かに青い小鳥がとまっている。

 逃げる気配はないらしい。

 いつからくっついてたんだ?


「人懐っこいね。誰かに飼われてたんだろうな」


 堀部は俺に鳥を差し出した。


「おおおおお俺? どうしろって」


 鳥はぱたたっと羽ばたいて「ぷい!」と一声さえずり、当然のように俺の肩にとまった。

 仕方がない。

 肩に鳥を乗せたまま教室へ向かった。


「何それ、食うの? レンジ」


 クラスの奴らが鳥に気が付いて声をかけてくる。


「食うとこなんかないだろ小っちゃすぎだ。背中に付いてたんだ。どうしよう」

「太らせてから喰うか」

「エサは? 何食うんだ、鳥」

「誰かパンか何かねえの」


 そこらにいた女どもが一斉に鞄をがさがさやって、パンや菓子を寄越した。

 お前ら、よく没収されないな……。


 痛い痛いいだだだだだ!

 鳥を机に降ろそうとしたが、俺の指にがっちり掴まったまま離れない。爪が食い込んで結構痛いんだぞ。

 誰かがパンを小さくちぎって差し出すと、首を傾げて「きゅい?」とつぶやいた。


「かっわいい……」


 女どもが失神しそうな眼をして群がっている。

 鳥は躊躇いながらパンにクチバシを近づけ、端の方をちょっぴり引っ張った。

 それから、薄桃色のクチバシを大きく開けてかぶりつき、次々にパンを呑み込んだ。

 ピンポン玉より小っちゃい頭のくせに、よくそんなに食うもんだなあと感心することしきり。


「腹、減ってたんだなあ」

「かわいそうに」

「水もいるんじゃない?」


 ペットボトルのキャップに水を入れて持ってくる奴もいる。

 これはさすがに鳥が体を後ろにのけぞらせたので、キャップが怖いのかも知れないと気が付いた。


「水、飲まないのかな」

「指につけてやってみれば」


 みんなが一斉に俺を見た。

 やっぱ俺か……。

 しぶしぶ小指の先をキャップの水に浸して鳥に近づけると、ペロペロなめられた。

 もう一回。

 鳥ってなめるんだなあ……。

 キャップに入っているものが水だとわかったのか、鳥は自分でキャップから水を飲み始めた。


「かわいすぎっ……三角どうすんの、この鳥」


 どうすんの、って言われてもなあ。


「え……どっかの飼い鳥だろ、返してやらないと」

「ビラでも作って配るか」

「ケーサツ届けなくていいんだっけ」

「誰か写真撮れ、写真」


 あっと言う間に鳥の写真が撮られ、ビラを作る奴が決まったところに担任が入ってきた。


「おっ、なんだ三角、鳥連れて来たのか」

「違うっす、学校来たら背中に付いてたんで困ってたんす」

「ビラ作って飼い主捜そうって今みんなで」

「そうか。授業中は生物室で預かってもらったらどうだ」


 それもそうだ。

 俺と堀部は教室の向かいの生物室へ行った。

 しかし、鳥は俺の指から離れない。

 空のプラスチックケースに入れようとしたが、しこたまかじられて悲鳴を上げ、おまけにフンまでされた。


「血出そうだ……」

「結構凶暴じゃん」


 ニワトリの卵と大差ないちっちゃさのくせに、クチバシはコロンとして大きいから、本気出されると結構痛いんだな。


「係は三角だから三角に任せよう」


 いつからそういう話になったのかな?

 しかし、実際俺の手から離れようとしないのだからどうしようもない。

 朝のように堀部が鳥をとまらせようと手を差し出してくれたが、腹の毛にもふっと指を突っ込む羽目になっただけだった。

 鳥は白い縁のある大きな黒目をきょろつかせて俺をじっと見つめ、背を反らせると「ぴちくい!」と一声大きく鳴いた。

 ガラスが割れそうな大声。


「仕方がない、このまま授業受けるか……」


 俺は窓側の席に移らせてもらい、ノートの端っきれにパンと水を置いて鳥の乗った左手を置いた。

 これでフンも大丈夫。

 しかし、案に相違して鳥は俺の手のひらに潜り込むように頭を擦り付けると、うとうと寝てしまった。

 同じ体勢って結構肩とか腕とか痛いんですけど……。

 昼飯時にはまた女子どもがわらわらと寄ってきてパンだの菓子だのくれたので、鳥にやりながら自分も食べた。役得だ。

 鳥は相変わらず俺から離れようとしない。

 手からパンを食べると肩までトコトコ歩いていく。それからまたトコトコ手まで歩いて下りてきてパンを食べる繰り返し。


「ほんっとーにこの鳥飛べるんか?」


 手を出した奴はもれなく腹の毛に指をもふっと突っ込む羽目になって指を噛まれ、撃沈している。

 頭や首をなでるとうっとり半眼になるくせに。

❖ 文中、インコを肩や手ににのせたまま屋外を歩く描写がありますが、筆者はこれは現実には絶対にやってはいけないことと認識しています。

ここではレンジに鳥に関する知識がないこと、鳥が異界から来た存在であることにより起きてしまった場面と捉えていただければ…。

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