2 ゆうのうなまどうしとして召喚されたらしい(白目)
ようよう長い坂道が終わり、村に着く頃にはこの暗さにも静けさにも慣れてきた。
小さな家がぽつぽつと建っており、近くに寄ればそれぞれの窓にほの暗い灯りが見える。
それらの家のうちでも特に立派な一軒、長老の住まいに招かれたタカヒロと俺は、薬草の匂いのするお茶をもらって一息ついた。
所謂ログハウスのような造りで、丸太を削りだして作ったような椅子とテーブルが無骨ながら調和している。
壁際の鏡台と椅子だけがこの部屋に不似合いな軽そうな素材で、いかにも紛い物っぽい。
鏡台……てことは、長老の奥さんがいるのかな……?
長老はくすんだ銀色の小さな薬缶(もしかしてティーポットの親分?)からお茶のお代わりをついでくれた。
茶碗はこれまたくすんだ水色にぼんやりと花の絵が描いてあり、ずっしりと重い。
「魔導士殿、貴公はこの召喚士とお知り合いということでしたな。では、貴公も人界から来られたのですかな。魔物退治の魔法に必要なものがあれば、我輩が用意させますのでお言い付け下さい」
堀部の言によれば魔物とは即ちナメクジ。ナメクジなら確か酒のトラップで捕れるじゃん。
あ、トラップとか言っちゃいけないのかな。
魔導士っぽいセリフとか……メンドクサ……
「え、えーと……
俺……私は三角レンジといいます。私も、堀部と同じところから来ました。
それでは、魔物退治のためにトラップ……じゃなくて魔方陣を作りますので……穴、掘ってもらえます?
あのナメクジ……魔物が落ちたら当分上がって来れないくらいの深い穴。
それから、穴一杯になるくらいの酒」
長老が目をひんむいた。
「魔導士殿、酒を造るには一年かかるのじゃが」
ま、そうだよね。
スーパーマーケットで酒買って来いってわけにもいかなそうだもんね。
この世界の経済ってどうなってるんだろ。いっそ自給自足の物々交換って言われても驚かない。
「魔物がすっぽり入る穴を掘るのに十年くらいかの」
うん。
そうだと思った。
ショベルカーとか無さそうだもんね。
この老人が穴掘ったら自分の墓穴になりそうだよね。
「魔導士殿、穴と酒も込みで魔方陣を作っては貰えぬものかの」
長老、痛いところを突いてくる。
さすが、伊達にトシは取っていないらしい。
「ええとええと……私の師ならばできるでしょう。
しかし私はまだ修行中の身、そのような大きな魔法を使うことは許されていないのです」
閻魔様に舌引っこ抜かれるぞ。師匠とか修行中とかいったい誰の話をしているんだ俺は。
「そうだ、堀部……召喚士、穴掘れるモンスターとか召喚できないの?」
「僕もまだ修行中だよ。そんなお役立ちなモノ召喚できたためしがない。
この前も、オオワシとかカッコいいなと思って呼んだんだけど、来たのはモズだった。
僕の腕前はこんなものだね」
開き直ってんじゃねえ。
「じゃ、師匠の召喚士にお願いするとか」
「実はね、ここに現存する召喚士は僕だけらしいんだ。
長老は召喚の技を教えて下さることはできるんだけど、実際召喚することができるのは召喚士だけなんだって」
優等生も意外と役に立たないな……。
じゃ、とにかく虫除けだけでも何とか仕掛けて、時間を稼ぐか。
さっきのぶにゅぶにゅ3匹がこっちへ来ないうちに。
「では、とにかく、あの魔物たちが村に入れないように結界を張りましょう」
母親がやっていたことを必死で思い出す。
虫除け、虫除け……木酢液とかコーヒーだよな、確か……。
コーヒーなんて、この世界にあるんだろうか。
木酢液なら何とか作れるかも……って、どうやって作るんだっけ?
「だいたいナメクジ退治ったって、普通もちっと役に立ちそうなヤツ呼ばね?
いっそウチの母親とかさ。園芸店勤めだから俺よりはましだぞ」
「呼べなかった」
「呼べなかった?」
「長老も言ってたけど、召喚士的に経験値不足らしい。
三角先生を思い浮かべて召喚の呪文を唱えたらブブーって鳴った」
それって……
「でもなんとか呼べないかと思ってもう一回やったらお前が来ちゃった。
僕だって予定外だよ、ちゃんとナメクジ退治できるプロフェッショナルを呼ぶつもりだったんだから」
ああ……。
タカヒロ、召喚士、レベル1。
大して役に立たないヤツしか呼べないらしい。
って、俺かよ!
長老に訊いてみたら、コーヒー豆ならこの世界にもあるということがわかった。(コーヒーとは呼ばれていなかったけど、飲むと眠りの魔神を祓える苦い豆っていうからまあ恐らくビンゴ)
コーヒーは浅煎りのほうがカフェイン量が多いというから、焙煎しない生豆のままでいいだろう。
長老に頼んで、5kgはありそうな袋のコーヒー豆を大釜でぐつぐつ煮込んでもらう。
色もすごいが臭いも凄まじい。
この臭いだけでナメクジどころか生きとし生けるもの全てを冥界に送ってしまいそうだ。
「よしできた! 頼むぞカフェインパワー!」
「三角……魔導士っぽく頼むってば」
「え……じゃ、じゃあ、大地の神のカフェインよ、ナメクジを祓わせたまえ!」
「いい加減だなあ……」
撒水車とかホースで水撒きみたいなスマートでお手軽な方法を思い浮かべちゃいけない。
手押し車に大釜載せて引っぱりながら、村を取り巻くようにコーヒー煮出し液を柄杓で撒いて歩くのだ。
これはこれで、あんまり魔導士っぽくないと思うんだけど。
堀部は臭いに酔ったのか、しきりにえずきながらも青い顔して一生懸命手押し車を押してついて来る。
まあ、こいつに効き目があるなら、しばらくナメクジは寄って来ないはず。
ていうか、臭いが凄まじ過ぎてここの住民も今夜は村から逃げ出しちゃうんじゃないのかな。