24 冷たい刃
それから、タカヒロと俺は人界では学校の裏庭に通って台風の後片付けと荒れた花壇の手入れ、夜は異界で村の復興と、何かに取り憑かれたように動き回って、毎日何も考えられないほどへとへとになった。
土止めの煉瓦の下、鉢の下、じめっとした壁際を見回ってナメクジがふたたび発生していればナメトラップを仕掛ける。
草刈りもやった。肥料運びも水撒きも。
おかげで秋だというのに日焼けしてガテン系みたいになったが、なんか逞しくなったといって女子には好評だからまあいいか。
同じことやってるのにタカヒロはそれほど焼けてないし腕も太くなっていない。不思議だ。
その日は須美も異界に来たので、3人それぞれに村を回って掃除を手伝ったり井戸の様子を見て濾過器を補修したり洗濯をしたりと走り回っていた。
と、どこかで「きゃっ」と女の声とガタガタと物が倒れるような音が聞こえた。
長老の家の裏手、瓦礫の積み上げられた辺りに須美が尻もちをついていて、長い髪が少し切られている。
「須美? どうした!?」
「なんかわからないけど……ゴミを積んでたら、何か冷たいものが顔に触ったみたいだった。
そしたら髪が切られてて」
「ケガは? ほかにどっか痛いとか何かないか?」
須美は首を振って立ち上がり、服の泥を払った。見る限り顔や首はケガはなさそうだ。
冷たいものというと、やはり刃物……
「まさか……アリディフォリアが」
須美は激しく首を振った。
「違う、かまさんはそんなことしない」
しかし、俺の脳裏には、どうしてもトラップを切り裂いていたアリディフォリアの姿が浮かんでしまう。念のため、須美はなるべくタカヒロと一緒に作業をしてもらうようにした。
村はずれのエイセニアの家の傍に仕掛けてあったトラップ。アリディフォリアに壊された後、作り直していないはずだけど。あの辺りはあれからどうなったんだろう。
彼女に託された卵が孵るのは来春……。
重い足を動かして、俺は一人でエイセニアの家のほうへ歩いて行ってみると、どこからか甘ったるい声が俺を呼んだ。
「あら、魔導士様。珍しいこと、お一人でしたの?」
セクシー美女のアケイシャが荒れてしまった畑のそば、大きな木の陰から姿を現し、ゆるゆるとこちらへ近づいてきた。何だろう、いつもに増して金の眼がぎらぎらと光って見える。
アケイシャは俺の腕に絡みつくかに見せかけて___鋭いトゲで俺を突き倒した。
「どこまでも邪魔をするねえ、この人界の小倅どもが」
アケイシャの声が低く響く。
こいつ……こいつだったのか?
トラップを切り裂き、須美の髪を切った奴。
斬り付けられた脚と背中が熱い。
「なんで……なんでこんなことを」
振りほどこうとしたが鋭いトゲで俺の衣服ごと地面に突き刺されてしまう。
「長老の兄を殺したのはあたしさ」
「何だって……?」
「無理やりこんな寒いところへ連れて来られて、嫁にされたんだ。
新しいロサ属の母になれだなんて、好き勝手なことを言って。
あたしはロサ属の繁栄のための道具じゃあない」
「でも、それなら、どうして長老の兄さんを殺した後もここに留まったんだ?
そのまま元の国へ帰れば良かったじゃないか」
アケイシャはふんと鼻を鳴らした。
「バカだね、この人間は。
あたしたち木や草は植えられちまったらそれっきりだよ。
帰りたくたって帰れない。
あのまま枯れてあたしも死んでやろうとしたけど……
今度はシノウィルソニーの嫁になれとか、冗談も大概にするもんだよ。
だからあたしはチャンスを狙ってたのさ。あのバカを袖にしながらもロサ属の仲間のような顔をして、復讐する機会をね」
俺はアケイシャから眼を離さず、何とか後ずさりしようともがいたがトゲに縫い留められて動けない。
「逃げられないよ。
あたしのトゲはロサ属なんかよりよほど鋭いからね。
そう、あたしはナメクジたちを奴隷にして、ロサ属を、昆虫たちを、襲わせることにしたのさ。
ナメクジはよく増えるし、おつむのデキは原生生物並みだからね。
言うことさえ訊かせられれば、幾らでも使い捨てができる。
それなのにあのバカが今度は《鳥》まで使って人界からお前たちを呼び寄せやがった」
アケイシャの金色の眼が妖しく光る。
「奴隷? あのナメクジが、あんたの言うことを訊くって言うのか」
「おや、知らないのかい? それじゃあ、お前にも身をもって教えてやろう。
あたしの樹液を舐めさせるのさ。あたしの樹液は甘い、甘い毒。
一口でも舐めた生き物は何でもあたしの奴隷になる。
もう一度あたしの樹液を欲しいために、どんなことでもあたしの言いつけどおりにやるようになるのさ。
いくら魔導士さまでも、あたしの呪縛を解くことはできないよ」
アケイシャが金色の目を細めて、流し目を送って寄越した。
「久しぶりの大物だ、たっぷり味わわせてやるよ。
お前も何も考えずにあたしのために働く、ただの働きアリになっておしまい」
倒されたままで指の一本も動かせない俺の体に、アケイシャが圧し掛かってきた。
金色の長い髪がはらりと俺の顔に掛かる。
俺の肩に手をかけ、ゆっくりと脚を、胸を押し付けてくる。
アケイシャの顔がぐっと近づき、ぎらぎらする眼に吸い込まれそうだ。
目を背けたいが、それもできずにアケイシャに見入っていると、赤い舌がぬらりと光り唇が触れそうなほど近づくのが見えた。
「さあ、お前もお舐め」




