22 もういちど、異界へ
「行こうぜ、異界。
お姫さんたちの無事を確かめよう、何か手当てが必要かも知れないし」
「……僕……守れなかったよ」
また俯いてしまう。
「姫君のこと、守るって約束したのに……守れなかった。
行けないよ……」
思わずタカヒロの肩を掴む。
「それならお前の《緑の剪定鋏》を俺に寄越せ。俺が見てきてやる。
お前がやらないってんなら、俺一人で行く」
タカヒロは内ポケットから《緑の剪定鋏》を出してしみじみと見つめているが、俺に渡す気配はない。
「三角には、たぶん使えない」
「何でだよ?」
「この《緑の剪定鋏》は、鋏自身が選んだ所有者にしか従わないから」
「それじゃ、俺がこれを使っても異界へは行けないってことか?」
「無理だと思う。
この剪定鋏は所有者だけに従う。いつか所有者が置き忘れて、次の所有者に選ばれた誰かがそれを拾って、《緑の剪定鋏》の所有者が代替わりする。そうやって代々受け継がれてるんだって長老が言ってた。
今現在《緑の剪定鋏》の所有者は僕で、他の人には使えない……」
ぱん、と軽い平手打ちの音が響いて、俺はぐらっとよろめいた。
いや、打たれたのは俺じゃない。
タカヒロが頬を押さえて俯いている。
「何すっとぼけたこと言ってるの!?
立ちなさいよ、堀部くんは《緑の剪定鋏》に選ばれた召喚士なんでしょ!」
「す、須美!?」
いつの間に来ていたのか、須美が俺とタカヒロの間に立ちはだかり真っ赤な頬で俺たちを睨め付けていた。
「あたしは行くんだから! 約束したんだもの、エイセニアと。
守るって」
割れた声で叫ぶ須美の握り拳が、ぶるぶる震えている。
黒い長い髪に縁取られた顔の中で、ぎらぎらする眼がとてもきれいだ、と全然場違いなことを考えた。
「エイセニアの大事な異界を、三角と堀部くんとあたしが、ちゃんと守るって。
約束したんだもの。
なのに、何でよ! 何で自由に行き来できるのは堀部くんだけなのよ?」
須美がタカヒロの胸倉を掴んで引きずるように立たせる。
お前それ、好きな男にする態度としてどうなのよ。
「行かなきゃ、だめだよね」
自分自身に語りかけるようなタカヒロの声。
いつ振りだろう、やっとタカヒロと目が合った。
*****
久しぶりに訪れた異界は、想像した以上の災害が襲ったようだった。
荒れ地の丘はえぐれて泥まみれ。川沿いに生えていたはずの木々が折れたり倒れているのが見える。ぐじゃぐじゃとぬかるんだ地面がどこまでも続き、何とか歩こうとしては足を取られる。
森を抜けて川の辺りに来ると、村はずれのエイセニアの家が見える。
お付きの女性たちも死んでしまったらしいから、誰もいないんだろうと思っていたが、以前仕掛けたトラップの辺りに何か動くものがある。
背の高い黒っぽいひと影が、何かぎらりと銀色に光るものを振り上げた。
まさかと思いながらそっと近づくと、やはりトラップを切り裂いているのだ。
そうだ、エイセニアが死んだあとトラップをいくつも切り裂いて、俺たちを拒絶する者の存在を否応なしに突き付けた何者か。
「お前、何やってるんだ!」
叫びながら出て行くと、そいつが静かに顔を上げた。
「アリディフォリア……? お前だったのか」
「言ったはずだ」
アリディフォリアの緑の双眸がぎらりと冷たい光を放つ。
「私はお前たちの味方ではない、とな……。
稚拙な罠で1匹2匹のナメクジを捕らえて喜んでいるうちはまだ見逃してやれた。
しかし」
彼女は体重がないかのようにすいと俺に近づき、銀の鎌をぴたりと俺の頬に当てた。
「毒を用いてまで見境なく殺すのなら、捨て置くことはできぬ。お前たちのしたことは、我らにも被害を及ぼした」
「そんな……それは、どういう……」
「覚えがないとは言わせぬ。あの毒に少しでも触れたものは、等しく命を落としたのだ。
ナメクジもミミズも、ハエもアリも魚も」
「カマキリも……?」
「カマキリもだ」




