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21 台風のあとで



 家に着いた俺は、シャワーを浴びてから弟のセイジが作ったカレーを食べた。

 セイジは飯を食い終わってテレビを見ていたようだったが、いそいそと飯を盛ってくれた。

 雨が屋根を激しく叩く音が続いている。


「兄貴、大丈夫? 寒いんじゃないの」

「いや、これ食ったら暖まってきたよ。美味いな」

「そう? 味噌汁もっとあるよ」


 セイジが味噌汁のおかわりをくれたので、らっきょうの酢漬けと一緒に食べた。

 ニンジン、大根、ささがきごぼうに鶏肉、豆腐、油揚げ。こりゃもう味噌汁のレベルじゃないな。リッパにおかずだ。具がたっぷりで旨味が濃いのがわかる。

 冷えていた手先までじわじわと温もりが上ってくるようだ。

 うちの弟はいつの間にか料理上手になっていくらしい。


 風はいくらか落ち着いたようだが、雨は一晩中激しく降り続いた。

 母親も父親も夜半過ぎまで帰れないらしく、俺とセイジは夕食の後片付けをして(台所に汚れた食器を残しておくと、問答無用で俺とセイジ両方の小遣いが向こう3ヶ月間半分に減らされるから)居間の明かりを点けたままにしてそれぞれ部屋に引き上げた。

 窓や屋根から、犬猫どころかトラでも飛びついているような音がする。


 翌朝には雨も風も止んでいた。

 陽の光が眩しく輝いているのに空は暗い灰色だ。晴れなのに空の色だけ塗り間違えたような違和感。

 父親はいつも通りコーヒーとヨーグルトだけ摂って朝早く出勤し、母親は俺が家を出る頃にやっと家に帰って来た。

 セイジが母親と話す声が聞こえたので俺も居間に顔を出すと、テレビ画面はL字型に台風情報を流していて、近くの小中学校は臨時休校になったらしかった。

 セイジは休みか。いいな。


「夕べ残らなかった人が早く出てきて交代してくれたから、お母さんさすがに今日は休むわ。

あんた学校行くの? 気を付けて行きなさいよ。あっちこっちで木が倒れてたわよ」


 玄関を出ると、外は母親の言葉よりひどい状態で、街路樹が倒れていたり、太い枝が裂けて風にふらふら揺れている。

 まだ青々とした葉が無惨に道路に散り敷いて、木の枝、板きれ、バケツ、布きれ、箱などが道路や歩道に散乱している。車もノロノロ通行だ。

 空の半分は晴れで半分はまだ夜のように厚い黒雲に覆われ、薄く二重の虹がかかっているのが何とも不気味だ。

 さすがに今日は自転車で来る剛のものは少ない。


「公共交通機関が一部ストップしているので、1時間目は自習にする。教卓に課題のプリントを置いておくので、登校してきた者は持っていって自習するように」


 担任は教室に入ってくるなりそう言ってプリントの束を教卓に置いた。

 どうせなら小中学校みたいに休みにしてくれても良かったのに……。

 振り返ったが、タカヒロの席は空っぽだ。確かバス通だもんな。あいつの使っている路線も運休なんだろう。

 先生が教室から出るのを見澄まして俺もこっそり教室を抜け出し、裏庭へ向かう。

 しかし、タカヒロはまたも俺より先に庭園にいた。


「お前、バス止まってんじゃなかったの」


 ベンチに置いたカバンの上にぐったり座っていたタカヒロの顔は紙のように白い。


「うん、だから今日は歩いてきたよ。ちょっと遠かったけど」


 こいつ、教室にも行かずにここへ直行したのか。


 見渡すと、庭園は見るも無惨な状態だった。

 そちこちに植えられていたシラカバやコナラの大枝が折れて散乱し、幹が裂けて倒れかかっている若い木も何本もある。

 大量の落ち葉が花壇の大半を覆っているが、そのほとんどがまだ落葉する時期ではない緑の葉だ。

 さらにひどいことに、どこから飛んできたものか大小の板きれが花壇に散乱して、バラや草花を押しつぶしていた。

 板につぶされなかったバラも、結わえておいた支柱ごと倒れている。

 叩きつけるように降っていた雨のせいだろうか、根が露出しているものも多い。

 タカヒロのお姫さんは?


「姫君……」


 タカヒロがぽっつりつぶやいた。

 だが、立ち上がる気配はない。

 そこらじゅうぐしゃぐしゃなのでお姫さんのエリアがわからなくなっていたが、俺は板きれを取り除けながらそろそろと花壇の中を歩いた。


「タカヒロ」


 タカヒロはやはり座ったなり動かない。


「タカヒロ、ちょっと見てくれ」


 ゆるりと立ち上がり、俺の立っているところまで来る。

 幽霊みたいだ……と思った途端、タカヒロが何かに躓いた。足下がめちゃくちゃなことにも気づいていないのか。


「これ。お姫さんじゃないか?」

「うん……。僕が結わえた支柱だね。何の役にも立たなかったな」


 タカヒロはゆっくりと屈み込むと、まるで表情のない顔を俯けて落ち葉や枝を取り除けた。

 素手のままだから指先は泥だらけになり手の甲に引っかき傷ができる。

 バーサン姫の木は、もともとエンピツくらいの貧弱さだったが、脇から出ていた枝がほとんど折れていた。かなり風に揺すられたと見えて、根が半分くらい露出して全体に傾いている。


「でも、まだ根は生きてるんじゃね? 枝はだいぶ折れてるけど」

「うん……どうかな……」


 タカヒロはやはり幽霊みたいに無関心な顔をして、ぼんやりバーサン姫の木を見つめている。


 言え。

 言うんだ、俺。

 今言わなかったらもうチャンスなんか来ない。


「行こうぜ、タカヒロ」


 やっとタカヒロが俺の顔を見た。

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