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19 バラと豚汁とトコロテン



 翌日から、異界では奇妙なことが起き始めた。

 酒のトラップが全てずたずたにされてしまったのだ。もちろんナメクジはひとつも掛かっていない。

 幾つかトラップを仕掛けなおすが、次の日にはまた切り裂かれている。


「エイセニアを死なせたこと……村の人が怒ってるから……?」

「で、でも、今までどおりナメ退治してくれって言ったのは長老だぞ……」

「長老様はああ言ったけど、やっぱり怒ってるひとがほかにいるんじゃない? そのひとたちが、長老様には内緒でトラップを壊して廻ってるって可能性はあるわよ」


 須美が唇を噛む。


「どうでもいいことだと思うけど」


 タカヒロらしくない、冷たい声。


「僕はナメクジを倒して、姫君が健やかに美しく咲いてくれれば、他の事はどうでもいいんだ」

「他の村人が賛成してなくても? それでエイセニアを死なせてしまっても?」

「それは結果だよ」


 須美は目を見開いてタカヒロの顔を見つめている。

 俺もちょっと驚いた。


 それからしばらく学校の花壇には行かなかった。

 行く気になれなかった。

 異界のことも、記憶から締め出したかった。

 タカヒロも同じ気持ちだったのか、俺を夜中に召喚することはなかった。

 学校で顔を合わせるとお互い普段通りに振る舞っている振りをしていたが、異界のことはどうしても話題にできなかった。

 笑っているけれど嘘くさい。

 タカヒロは俺の顔を見ているのに、俺の眼を見ないのだ。

 そのうちにまたテスト期間が近づいて、俺は今度こそ真面目に勉強しようと決心した。


「三角、僕の家で勉強しない?」


 突然タカヒロから声をかけてきた。

 変人ぶりが印象深くていつもは忘れてるけど、こいつ、めちゃくちゃ頭良かったんだっけ。

 金曜日の放課後、学校からそのままタカヒロの家に行った。

 学校前のバス停からバスに乗って、3つめで降りる。

 旧国道沿いにちょっとしたスーパーやドラッグストアが建ち並ぶ辺りから、住宅街のほうに入ったところにある10階建てマンションだ。


「何か喰うでしょ? ちょっと面白いレシピを知ってるんだ」

「え、いや、あんま気ぃ使わないでくれ。俺も手伝うか?」

「いいよ、座ってて。簡単なものだからすぐできるよ」


 なんだろう、この会話……付き合い始めたカノジョんちに初めて行った男じゃあるまいし。

 もっとも、俺は料理なんかしたことないから手伝うったって邪魔になるだけだろうけど。

 タカヒロは手際よく四角い水鉄砲の親玉みたようなもので透明の麺を作っている。

 ちょっと磯臭い。トコロテンだ。トコロテンって、こうやって作るものだったのか。

 さらにその上に納豆、酢醤油。


「トコロテンに納豆……斬新だな」

「さ、喰ってみて。結構うまいよ」


 さらに粉チーズ、刻んだ大葉、ゴマなどをふりかけてくれた。

 ほんとにマメだなあ、こいつ。


 ずるずるずるー。

 確かに、トコロテンと納豆から想像する味とは大違い。さっぱりして、酢醤油が効いててうまい。

 チーズと納豆はどっちも発酵モノだから相性が好いのかも知れない。大葉とゴマの香りが全体をうまく調和させている。


「トコロテンをね、寒天じゃなくて天草から作って使うのがコツなんだ」

「かんてん? てんぐさ??」

「天草が手に入ればトコロテンも自分で作れるんだよ。作ったほうが数段おいしいからさ」


 台所から戻ったタカヒロは、雑穀飯と豚汁を載せた盆を持っている。


「豚汁は今朝作った残りだけど」


 豚肉たっぷり、ショウガがぴりっとして食欲をそそる。雑穀飯はウチでも出るけど、タカヒロのは豆が一杯入っていて歯ごたえがあってうまい。


「僕たち…間違ってたのかな?」

「エイセニアのことか?」

「彼女のことだけじゃなくて……ナメクジ退治で祭り上げられて、調子に乗ってたこととか」


 そうだ。

 俺は長老やアケイシャたちにヒーロー扱いされて上っちゃったんだ。けどなあ、ナメ退治を頼んできたのは向こうさんなんだよな。

 だから退治した。

 それだけなのに。


「……やっぱり僕にとって一番大事なのは姫君なんだ」

「うん」

「姫君が丈夫で美しく咲けるようにするためなら、何でもやろうって思ってた」

「そうだな」

「でも、だからって友達をどうでもいいって思ってるわけじゃないよ」


 タカヒロが唐突なことを言う。


「俺はそんな風に感じたことないぜ。お前、ちゃんと見てるし、聞いてくれるし。

いきなり異界に引っ張っていったのは強引だったけどな」

「そう……?」

「なんか、言われたか?」


 どう探っていいかわからないので、ぼんやりした問いを投げ出してみる。


「ううん、そうじゃないけど。

大事に思ってるからって、それだけでいいわけでもないしね」


 こいつも大概核心を言わない奴だ。だから俺はわざと通じなかった振りをした。


「なんか……これじゃ合わせる顔がないよな、長老や姫さんに」


 タカヒロはちょっと俺の顔を見ていたが、それ以上何も言わなかった。

 そして、もう勘弁してもらいたいと泣くまで数学の公式を詰め込まれた。

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