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1 何でお前がいるの?



「どうじゃ、誰か召喚できたかの」


 男の声がした。


「ええ、長老、今度こそ呼べました。

僕の世界でもスペシャルなプロフェッショナル、すっごい有名人で……

……なんで三角みすみ?」

「おっまえ、堀部じゃん! お前何者!? なんでこんなとこいんの!?」

「……長老、僕が召喚したのと違うヤツが来ました」


 堀部が俺を無視して、後ろに立つ老人に言う。


「うむ、まだまだ修行が足らぬようじゃな。腕利きの魔導士を召喚するには経験が必要じゃ。

しかし、魔導士召喚の呪文に応えたからにはこの少年も魔導士なのじゃろう。

ほれ、魔物も退治してくれたようじゃ。まあ、この魔導士を題材に召喚と還元の練習をするが良かろう」


 老人の持つ大きな角灯の灯りが、彼の姿を不気味に浮かび上がらせた。

 肩まで届くふさふさの白い髪、ずるずるの長い布を巻きつけたような変な格好に先の曲がった長い杖。

 背丈は俺の胸にも届かないだろうに、鋭い眼の威圧感はハンパない。

 老人は俺にひたりと眼を合わせ、僅かに頭を下げて見せた。


「魔導士殿、御礼申し上げる。

貴公の放った魔法の霧により魔物が消滅いたしました。

我輩はこの村を統べる長老、シノウィルソニーと申す。どうか、貴公のお名前をお聞かせいただけぬか」


 ちょっと待て。

 魔導士って何の話。

 魔法の霧って……

 いや、これは特売品の殺虫剤なんですけど……

 っていうか、さっきの会話、丸聞こえなんですけど……。


「大地の力が弱まったのか、はたまた太陽の神がこの地を疎んじておられるのかわからぬのだが……。

さきほど貴公が退治して下さった魔物のほかにも、この地にはたくさんの魔物が蔓延って困っておりますのじゃ。

貴公ほどの魔力の持ち主であられるなら、あのような魔物が何匹来てもホホイノホイでござろう。どうか魔物退治にお力をお貸し下さらんか」


 老人の視線のさきに、陸に上がったイルカみたいなやつがいる。

 見ているだけでトリハダ立ちそうな模様付きの体表は、月明かりを浴びてぬらりと光っている。

 煉瓦の壁の傍にもまだ3頭、似たようなやつがこちらを狙っている(ように見える。あんまり考えたくないけど、もにゅもにゅ動いているように見える点に注意)。

 ぶんにゃりした「おかイルカ風」といい、壁際の3頭といい、さっき俺が殺虫剤ぶっ掛けた、ナメクジの巨大化したやつにおっそろしく良く似てるんですけど。


「お力をお貸しくださるなら、我らにできる限りのお礼をしましょうぞ」


 うーん……

 なんか安モンのRPGみたいな話だ。

 どっかに作られたセットの中で、魔物退治を楽しむ方々なんだろうか。

 それはいいけど、殺虫剤で倒れた俺がどうしてこんなところに連れて来られてるのか、そこのところをクリアにしてもらいたい、ぜひ。


「で、堀部。俺はいったい何者なわけ。ていうかお前は誰でここはどこ」

「三角、ナメクジ何とかできる? 一応僕、ナメクジ退治要員の魔導士を呼んだつもりだったんだけど」


 こいつ、堀部タカヒロは同級生の秀才だ。

 秀才なだけにだいぶ変わり者ということで、クラスではあまりいじられず浮きもしないという羨ましいポジションの男。

 春に鳥を拾ったときは協力的に交番まで同行してくれた後、すこぶる的確なアドバイスをして俺を見捨てて去っていきやがり、要領の良さというものを体現して見せたヤツだ。

 人を勝手に魔導士に仕立て上げて、しかもナメクジ退治要員って何なんだよ。

 ちなみにこいつとは別に普段つるんでるわけでも何でもない。むしろ鳥の一件以来接点がないと言ってもいい。

 堀部がこんな中二病的趣味だっていうのも初めて知った。


「ちょっと待て……ナメクジ、なんだな、やっぱり。ずいぶんでかく作ってあるけど……

ていうかなんで勝手にこんなところに連れてきてんだよ」


 堀部タカヒロは、少し顔を赤くしながら俺の肩に手をかけてぐるりと後ろを向かせた。


「いきなり呼びつけたことは謝るよ。

ここは異界、いつも僕らが生活している世界とは別な世界なんだ。

最近、ここではナメクジとかコガネとかの虫が多くなっちゃってさ。

あの巨大なナメクジ見たでしょ? あのサイズで大発生してるから被害甚大なんだ。僕はナメクジ倒せそうな人を召喚する予定だったんだけど」

「異界?

ここってどっかのセットの中じゃないのか? あのナメクジって本物?」

「変な話だけど、僕らの世界とつながってて行き来できる、別な世界らしいんだ。僕も最近ここに飛ばされてびっくりした」

「……水」

「は?」


 堀部が俺に1歩寄った。


「水、くれ」


 急に口がカラカラになってきた。


「ああ、水、飲むのか。

長老、魔導士が水を所望しております」

「おお、それでは村へご案内しなさい。おもてなしをせねばならぬ」


 俺とタカヒロは角灯を持った長老に連れられて、村へと続く坂道を降りていった。

 あのぶにゃぶにゃ3匹は放置でいいのかなあ……。

 かすかに木々の擦れる音や、虫の声が聞こえる。

 こんなに静かだと、逆に周りの音を意識しちゃうものなんだな。

 脇の草むらでこそりとでも言おうものなら驚いて飛び退いてしまいそうだ。

 俺の住んでいるあたりなら、住宅街といっても結構夜中まで車の往来はあるし人も通っているから、むしろいちいち音を聞かないことに慣れてしまっていたんだろう。

 街灯も多いし……


 そういえば、ここには灯りらしい灯りがないことに気づく。

 車も通らない。

 道も土のままのようで、ひどくでこぼこしている。

 ベランダから追い出された俺はサンダル履きだったから、歩きにくいことこの上ない。

 古代ローマ帝国のやつらはよくまあ日常的にサンダルで生活していたものだと感心してしまう。

 そうそう、下駄や草履で走ってたお江戸の岡っ引きなんかも尊敬に値するぞ。

 村の井戸って言ったよな……文明の恩恵を全然享受していない村なんだろうか?


「異界って言ったでしょ。僕たちの世界のような文明はないみたい。

電気もガスも車もアイドルグループもゲーム機もないよ」

「元の場所には帰れないのか」

「ナメクジ退治に協力してくれたら、後で僕が還元の呪文で帰してやるよ」


 俺はさすがに頭にきて、堀部の腕を掴んだ。


「勝手に呼びつけといて帰してやるもないだろう! 今すぐ帰らせろよ!」

「あ、いいの? 呼んだ召喚士が帰さないと、君は帰れないんだけど」


 堀部は余裕の笑みで俺の手を振り払った。


「君を置き去りにして僕だけ元の世界に帰ることもできるし」


 やなやつ。


「で、魔導士って何」

「ナメクジ退治できる人。

僕が初めてここに来たとき、魔物ナメクジに荒らされてるって話を長老から聞いてさ。僕の世界でもナメクジは花壇や畑の厄介者で、あいつらをやっつける薬を自在に扱う園芸家という人がいるって話をしたら『それは魔導士ですな、召喚しなさい』ってことになっちゃったんだ。

なんで三角が来ちゃったのか、僕にもわからないよ。

とりあえず、あのナメクジどもが村に来れないように、何かない?」


 この世界では俺は強力な魔導士になっちゃってるとかそんなんじゃないのか。

 せめて堀部タカヒロをぐいぐいと睨みつけてみる。


「何か案出したら帰らせろよ」

「わかってるって。ちゃんと元の世界に戻すよ、明日テストだし。

じゃあ、協力してくれるんだね。せっかくだから、長老の手前、魔導士っぽく振る舞っといてね」

「う、うーん、まあ、いいけど」

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