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❖閑話休題❖ たまには魔導士らしいこともする



「魔導士様!」


 ナメトラップの見回りをしていたら、突然白い布を被った女に縋り付かれた。


「どうか、どうかお願いでございます。

私の顔を元に戻してくださいませ」


 元に戻すったって……どうなさったんだい、娘さん。


 女はそっと被り物を取った。

 涙を浮かべた若い娘だ。俺と同い年くらいに見える。


「顔に、このような印が……。この恐ろしい赤い印は、如何なる神のお怒りなのでしょう?

どうか魔導士様のお力で治してくださいませ」


 赤い印?

 言われてみれば、両方の頬にブツブツとニキビが散っている。

 しかも炎症を起こしているのか見事に真っ赤っ赤だ。


「触ったな」


 娘はぎくりとして後ずさった。


「ああ、いや、治せる。

治せるが……」


 しまった、安請け合いしちまった。

 ナントカ言うニキビ治療薬とか、この世界に持ってきちゃったらまずいよね、やっぱり。

 辺りを見回すと、ラベンダーの花が道沿いにぽつぽつと咲いている。


「娘よ、それはプロピオニイバクテリウム・アクネス神の怒りの印だ。

神の怒りを鎮め、その印を消したくば、この花を集めよ」


 俺はラベンダーを1本差しだしてせいぜい重々しく聞こえるように言った。


「両手に抱えるほどの花を集めて来るのだ。

そうすれば、プロピオニイバクテリウム・アクネス神の怒りを鎮める魔法薬を作ってやろう」


 娘さんが戻って来るまでに、異界の材料で蒸留器を作れるかしらん。

 化学実験室から拝借して来るなんてのはだめだよなー。


「タカヒロ?」


 タカヒロは顔を真っ赤にして百面相をしていやがる。


「お前、笑いこらえてるだろ」

「だってさっ……

よく、知ってたね、三角」

「ああ? ラベンダーが殺菌作用が強いってのは常識だろう」

「そうじゃなくて、アクネ菌の正式名称だよ。よくもまあスラスラ言えるものだと思って」


 俺はうんざりした。

 覚えようと思って覚えたんじゃねえ。

 学名が飛び交う家で育っちまったんだから仕方がないだろう。

 もっと他の事に記憶力使いたいよ、俺だって。


 さて、言っちまったからにはラベンダーオイルの蒸留器を作らなくちゃならない。

 人界で色々調べたが、要するに材料になる植物を蒸して揮発してきたところをビンに集めて冷やせば出てくる、ということらしい。

 蒸すもの……鍋かな、やっぱり。鍋くらいは異界にもあるだろうけど、ビンとか、鍋とビンを繋ぐチューブは持ち込みだな。

 ホームセンターでシリコーンの細いチューブを買った。


「鍋は僕が提供するよ。蓋がきちんと閉まらないと使い物にならないんじゃない?」


 ネットを見て作った蒸留器の設計図を覗き込み、タカヒロが提案してくれた。

 確かに、蒸気が逃げたら何にもならない。異界の鍋がどんなものだか分からない以上、こっちから鍋も持って行ったほうが安全だよな。

 異界でいきなりやって大失敗、となると日にちが無駄になるので、明日の放課後、タカヒロに鍋を持って来てもらって俺の家で実験することになった。


「で、何を蒸留するんだ?」

「実際はラベンダーでやるんだから、実験も同じ植物が良いと思うんだけど……。僕のキッチンハーブを提供しようか」

「待てよ……干したやつでも良いのか?」

「このホームページにはドライでもできるって書いてるね」

「母親が吊るしてるヤツが物置に一杯ある」

「三角先生手作りのドライハーブ! 勿体無いんじゃないの!」

「いや、そんな大層なモンじゃないと思うぞ……母親に一束くれって言っとくわ」


 というわけで、翌日、鍋持参のタカヒロを家のキッチンに連れて来た。

 まずは鍋にチューブを繋ぐ。

 鍋の取っ手をはずしてチューブを差し込もうとしたが、入らない。いきなり挫折。


「この写真だと、何かジョイントが間に入ってるように見えるんだよな」

「んーーー……」


 タカヒロがキッチンを見回す。


「これ、借りてもいいかな?」


 タカヒロが手にしたのは菓子にクリームなんかを絞るときの口金。母親が使っているのを見たことはあるような気がする。

 幾つか試してみると、一番細くて先のギザギザがないものなら、なんとか鍋蓋とチューブを繋げられることが分かった。

 あとは、小さいビンにチューブの先を入れて、鍋にラベンダーと水を入れて蓋を閉め、火にかける。


「だいぶ蒸気が出てきたね。いい香りがする」


 タカヒロは深呼吸しながらビンが倒れないように押さえている。

 しかし、蒸気はビンを満たすとどんどん口から漏れていく。

 タカヒロが真面目な顔で俺を見た。


「……冷やさないと、気体は液体にならないのでは」

「……そうだった」


 ビンごと水をかければ良いんだろうけど、シンクまで届くほどチューブが長くないのだ。

 仕方がないので、パスタ鍋に水を入れてビンを漬けた。

 蒸気が充満してくると結構熱い。

 俺は慌ててシリコーンの鍋つかみでビンを押さえた。

 シリコーンの調理器具って結構偉いんだな!


 そのまま30分ほど蒸留を続けると、ビンの半分くらいまで液体が溜まった。

 初めてにしては上出来じゃないか!

 しかし、思ったより香りがしない。っていうか匂いが「雑草っぽい」。

 冷やしても精油の分離がほとんどない。


「ラベンダーを煮出した水の蒸気から作ったことになるんだよね……だから、これでも少しは精油が取れるはずなんだけど……。

もうちょっとなんとか、効率良く取り出す方法がないかな」


 タカヒロがブツブツ言っている。

 煮出し液じゃあ、あんまり効果はないのかなあ…。


「ちゃんと蒸す方法考えたほうがいいんじゃないか?

蒸し器……蒸し器まで行かなくても蒸せる方法……」

「茶碗にラベンダーを入れるとか。イモ蒸すとき、僕、蒸し器持ってないから茶碗かお皿に入れて鍋で蒸したことあるんだけど」


 イモと同等かよ……。

 しかし、茶碗にラベンダーを入れて蒸留すると、茶碗の周りから「ただの水の蒸気」が大量にもれる。


「これ、使ってもいいかなあ?」


 母親の調理器具の山からタカヒロが取り上げたのは、孔がたくさん開いた足つきの金属プレートのようなものだった。

 鍋に入れてみるとぴったりはまる。


「これは目皿といって、鍋で蒸しものをするのに使うものなんだよ。僕も買おうと思ってたんだ。

後でよく洗えば蒸留に使っても大丈夫だと思うんだけど」


 鍋に少し水を入れて目皿を入れ、目皿の上に新たにラベンダーを置いて、火にかけてみる。

 さっきより蒸気の出方は少なめだが、何とかビンの中に充満し始めた。

 パスタ鍋の水に冷やされて、ビンの内側の蒸気が小さな水滴になって流れ落ちるのが見える。

 気の長い作業だよなあ。


 さらに30分ほど蒸留する。溜まった液体は少し濁っているように見える。

 もう部屋中に匂いが充満しているのか、液体からもあまり強い匂いは感じられないが、ビンの口に鼻を近づけると、さっきとは明らかに違う香りがした。

 タカヒロがうっとりしている。


「これは成功したんじゃないかな……すごくいい香りだね」


 ここまで目処をつけるのにトータル2時間。どっと疲れた。

 後は、化学の実験でやったみたいにピペットで分離した精油を吸い取って小さい入れ物にでも移せば完成だ。

 だがしかし、ピペットは調理器具じゃないぞ。


「タカヒロ……ピペットって化学室から借りられると思うか? この精油の部分、取り分けるのに」

「ピペットじゃなくても、シリンジでできると思うよ。農薬を調合するのに小さいシリンジを買ってあるから、それを使おうよ」


 こうして、何とか蒸留器を作ることに成功した俺たちは、次に異界へ行くときに蒸留器を持ち込み、件の女が集めたラベンダーでニキビ治療薬を作ってやったのだった。

 本体が鍋だったにも関わらず、蒸留器での精油抽出はかなり魔術っぽく見えたらしく、魔導士としての俺の評価は地に落ちないで済んだらしい。

 精油を分離して残ったハーブウォーターも、普段のお手入れ用に小ビンに詰めて渡してやった。

 ラベンダー精油とハーブウォーターはニキビに効いたらしく、ラベンダーの花束持った女性にしばしば追っかけられることになるのはまた別な話。

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