8 長老と姫君の正体(ついでにイケメンも)
「三角。
この方が、姫君……レディ・アーミュティース様だよ。
アーミュティース様、この男は人界での僕の友人で、三角レンジです。この異界では魔導士ですが、主に魔物退治を得意としておりますので、きっとアーミュティース様をお守りする役に立つと思います」
いつの間にか魔物退治が得意とか吹いてるぞこの男!
どうリアクションしていいかわからなくなって眼をぐりぐり廻していると、レディ・アーミュティースはしわがれ声で呵呵大笑して言った。
「なぁに、召喚士がこの婆に惚れ込んでおるのが不審で仕様がないのであろ。
したが、我らロサ属は若返るのじゃから大事ないぞ」
「若返る?」
「そうじゃ、この召喚士が惚れ込んだは我が全き美貌じゃ。
このように花が散り、葉が枯れ落ちた姿ではないわ」
「若返るって……まさかバー……っと、あなた様も魔物だって話じゃ……」
レディ・アーミュティースは堀部タカヒロに呆れたような視線を投げた。
「召喚士よ、そなた、この男に何も説明しておらぬのか」
「えっ、いえ、大体のことは話した筈ですが」
「では、ロサ属の特性も承知であろうに。なにゆえそのように驚いておるのじゃ」
すいません、たぶん俺、何も説明されてません。
「三角、アーミュティース様はバラの花だってこと、僕言ったよね」
言ってません……。
「あれ?
そんな一番基本のところ言ってない?」
全然、ひとっかけらも、ほんの0.4ミリも、言ってません……。
「ええとね、アーミュティース様も、長老も、バラなんだ。
それだから、魔物ナメクジは姫君がたを狙うんだ。
美しくて、あまい香りのする素晴らしいバラの花をめちゃくちゃに荒らして食べつくし、挙句……挙句、枯らしてしまうんだよ」
堀部タカヒロは怒りなのか恐怖なのか、ふるふる震えている。
で、若返る話は?
「姫君がたは、毎年冬の厳寒期を乗り越えて、若返る。
そうしたらまた瑞々しい美しさを取り戻される。
夏至の夜にきらめく星のような、本当のお姿になるんだ。
ただ……」
なんだよ。
「レディ・アーミュティースはお体が弱い。
この冬を越せるかどうかわからない……
魔物どもに打ち勝っても、寒い時期を乗り越えられるかどうか……」
堀部タカヒロのきれいな顔が苦痛に歪む。
お前、そんなにこのバーサン姫が好きなのか……
「だから、頼む。
僕にお前の力を貸してくれ。
姫君を魔物から守り通して春を迎えられるために……僕だけでは無理なんだ…」
上目遣いに俺をじっと見る堀部タカヒロの目が潤んでいるようで、思わず目を背けた。
これで、かんじんのお姫さんが若くて美人だったらなあ……
せめて、さっきのアケイシャとかいうセクシーダイナマイツな金髪美人だったら納得できるのに。
何だか背中がこそばゆーいような気持ちになって、うやむやのうちに返事をしてしまった。
「わかったわかった、俺にできることは協力するよ。
で、でさ、ここのひとってみんなそのお姫さんみたいに若返るわけ?
あっ、長老も若返って俺たちより若いイケメンになっちゃうとか!」
「いや、そのまんま」
え。
「長老はそのまんま。年だけ取る」
愛がないとそういうお答え?
「種族によるのかな。
長老はロサ・シノウィルソニー様といってやっぱりバラなんだけど、いつから存在していらっしゃるかわからないくらい長老。
若返らないけど、ずーっとこのまんまで何百年も変わってないらしい。
長老がいなければロサ属は存在しなかったとさえ言われている、原始のバラだそうだ。ただ、花が咲いたという記録がないんだって。
そして、こちらの」
と、さっきのセクシー美女を手で示して
「アケイシャ様は、ロサ属に近い種族から、シノウィルソニー長老の兄上に嫁がれた方だ。今の時期でも変わらずお美しいよね。
でも、春先に若返って金色に輝くアケイシャ様は、もっともっときれいだよ」
美女ってやっぱり魔物なのね。
どんな若返り方なのか、考えると怖い。
しかし、あの化石みたいな長老の義理の姉さんってことは、このセクシー美女の年齢って……。
アケイシャからお茶をもらって(俺は全くもって「ついで」の扱いだったんですけど)一息つき、そろそろ帰りたいなーと思っていたら、いきなり傍の草むらがガサガサッと言った。
薄暗がりに浮かぶ、ぎらぎら光るグリーンの瞳、青白く尖った顎。
細身のシルエットが夕闇にふわりと浮かび上がり、巨大な銀の鎌を振り上げてこちらに向かってくる!
「やめてくださいっ!
かまさん!!」
堀部タカヒロが俺の前に飛び出した。
な、何事?
「かまさん、これはあなたの獲物にはなりません。
僕の世界から呼んできた魔導士で、三角です。僕と一緒に魔物退治をしているんです。
三角……、こちらの精悍な騎士はテノーデラ・アリディフォリア様。
通称かまさん」
テノーデラ・アリディフォリアは大鎌を下ろし、俺をネオンサインのようなグリーンの瞳で見据えた。
すらりとした長身に漆黒の長い髪、鋭い目つき。
細面のイケメン……と言えなくもない。
で、このイケメンさんの何をどうやったら通り名がニューハーフになるわけ?
「カマキリさん」
「は?」
「正しくはオオカマキリさん、ご本名をテノーデラ・アリディフォリア様とおっしゃる。
だからかまさん」
昔はよく遊びましたね、かまさん。
蠅なんかを与えた後は専ら解剖ごっこだった気がするけど。
腹の中から違う虫が出てきちゃったときは、さすがの俺もかまさん放置して逃げたよ。
卵袋を見つけて持って帰ったら部屋の中で仔カマキリがうじゃうじゃ産まれて、母親がショック死しそうになってたっけ。
あの頃は、俺はまだ親と親しく話したりしてたんだなあ。
「忘れるな」
かまさんは去り際に振り返ってぎらりと眼を光らせた。
「私はお前達の味方ではない」
な、な、何?
しかし、かまさんは登場と同様、風のように姿を消してしまった。




