八つ当たり
この異世界ではもう不要となったゴーグルを外し、前方を見る。
舞い散った氷の粒達がキラキラと光に反射して、幻想的な氷上の景色が広がっている。
……ダイヤモンドダストだっけ? 綺麗だな。
小学五年生の時、教室の窓際、先生の机の上に置かれていた小さなスノードームを何故だか思い出した。
ぼんやりと目の前の光景を眺め、佇んでいたところ……突如、強い衝撃を腹に感じる‼︎
ドゴンッ‼︎
そしてその勢いのまま、硬い氷上に倒された‼︎
手に持っていたゴーグルは、くるくると何処かへ滑っていってしまった。
最終ステージクリアで完全に気を抜いていた……モーションに入ったのに、全く気づかなかった。
バッターーンッ‼︎
「……っ‼︎」
一瞬……痛みで呼吸が出来なかった。
俺は腹を抱え横たわりながらも、蹴ってきたその人を視線だけで見上げる。
小柄な彼女の回し蹴りが俺の脇腹に綺麗にきまり、脆弱な肋骨にさらなるダメージが加わったのだ。
俺の背中を足蹴りしなかったのは、スケート靴を履いていた彼女の最上級の配慮……なのだろうか。
「……」
何も言わずに彼女は、俺の襟をがっと掴み上げ、マリオネットのように身体は上体反らしのポーズを取らされる……骨が軋む音を上げ、激痛で意識が飛びかけた!
ゴロンッ!
冷たい氷の上で、襟で舵を取るかのように、今度は身体をくるりと回旋させられ、仰向けになった。
背中から伝わる氷の冷たさが、アイシング効果となって、少しだけ胴回りの痛覚を麻痺させてくれた。
彼女は俺の上に馬乗りになって……顔面に一発、一発、拳を振り下ろす!
ゴンッ! ガッ! ゴッ! ギッ!
振り払う気力も体力もこの身体には残っていない。
彼女のなすがまま……。
最初は自己防衛で目を瞑っていたが、今は頬の肉が邪魔して、目が自力で開けられそうにない。
だけど、感じる。
顔が腫れて、皮膚が熱を帯びている……その肌表面にポトポトと、落ちてくる水滴も……。
「なんで……なんでよっ! ……やっとまた会えたのに……また消えるなんて……空。……ねぇ、なんで君はここにいるの? あたし達二人だけの世界に……なんで他人がいるのよ……あんたのせいよ!」
今度はドンッと、俺の胸を両手で強く叩く!
「ぐっ!」
追加でさらに肋骨が砕けた気がする……完全な八つ当たりだ。
肺が上手く膨らまない。
浅い呼吸で、俺はなんとか声を絞り出す。
「……あ、貴方がソラさんじゃ……ないんですか?」
俺の言葉で、跨る彼女は身体をビクッと震わせる。
「……あたしは『宇宙』って書いて、ソラ……あの子、君には『ウルエ』って呼ばせてたんでしょ?」
「は……はい」
「漢字は違うけど、あたし達、名前の読み方が一緒なのよ。青空の『空』……この漢字、カタカナの『ウ』・『ル』・『エ』で構成されてるでしょ?」
彼女は空中で字を書くように、手を動かしたようだったが、目の開かない俺は真っ暗な自分の瞼の裏しか見えない。
「中学二年の時、転校してきたあたしを揶揄おうとするバカな男子達が、あたし達の名前の区別するためにって、変なあだ名をつけようとしたの。そしたらさ……『私はウルエでいいよ。この子はソラちゃんって呼んで』って……本当、バカだよ、空……」
自分よりも常に他者を優先する……ウルエさんは死んでも、変わらずにそのままの性格なんだな。




