お姉さん
一体いつの間に⁉︎
騒がしい戦場で、張り上げていない声が届く距離……こんなに接近されていたことに、まるで気づけなかった!
銃撃戦で高揚した身体から、一気に血の気が引いていくのを感じる。
ぶるっと震えたのは、寒気……からだけじゃない。
レーダーには、俺の傍で灯るオレンジの点はない……敵ではない……のか?
ざさっ!
次の瞬間、声の主はいきなり俺の隣にしゃがみ込んできた!
そう広くない岩陰に二人で隠れる格好。
かなりの密着度のせいか、触れている右腕がぐうっと熱くなる。
「こんにちわ」
「……こんにちわ」
彼女からの挨拶には最低限の返答に止め……まだ警戒は緩めない。
印象は……体育会系女子……って感じ。
ゴーグルマスクを被っているので顔は分からない。
健康的な肌艶、後ろで長い茶髪を一本に束ね、首にはチェック柄のストール。
ダークグレーのTシャツに、だぶっとしたカーキのカーゴパンツ、その足元は黒のミリタリーブーツだ。
そして、サブマシンガンを胸の前で大切そうに抱えている。
「あ、貴女は……」
言いかけた瞬間、警告音と赤い明滅が……三つ!
レーダー中央って……俺の頭上⁉︎
ばっ!
ピンク色の空を仰ぐと、クッキーサンド岩のさらに上に高く飛び上がっている、三匹のおサルさんズ‼︎
その手には二丁拳銃⁉︎
計六つの銃口が俺達に向いている‼︎
ガガガガガガガガガッ‼︎
空中の敵よりも早く、隣の彼女の銃器が激しく火を吹いた!
「話は残りを片付けてから‼︎」
そう言って、岩陰から彼女は戦線へと飛び出して行った‼︎
◇◇◇◇
『殲滅完了、初級ステージクリア!』
抑揚のない機械音声が終了を告げる。
……初級?
レーダー上にうじゃうじゃしていたオレンジ色は全て消え、数字はゼロ。
それと共に、俺の弾薬残量も底をつく寸前。
パワーゲージがまだ半分残っているのは、彼女のお陰だな。
カシャンッ!
ゴーグルを額にずらすのに応じて、マスクが引っ込んだ。
……凄いな、どういう仕組み⁉︎
「まさか、他の人がこの世界にいるとはね〜〜。危うく君のこと蜂の巣にするところだったよ〜〜!」
お姉さんが物騒なことを笑顔でおっしゃる。
………………
危なっ‼︎
俺の大事なライフポイント、残り二個しかないのに〜〜!
「えっと……ところで君は?」
「あ、えっと……お、わ、私、ハ、ハル子って言います! ……『不動産会社 ワープルーム』から派遣されて来ました!」
不自然な裏声で自己紹介。
もしかしたら、この人は男嫌いであの女性限定物件を選んだのかもしれない…… 不本意だが、社長の提案に乗ったまま、今はあえて女子のフリを続けよう。
「ん? 派遣って事は……私をこの世界に探しに来た、ってことだよね? ……私の名前とか、この世界のこととか、ちゃんと聞いてないの? 」
怪訝な表情を浮かべながら、大きな瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
……ちょっとお姉さんの距離が近いので、俺の視線はすいーーっと外に逃げる。
あんまり見つめないで! ドキドキしちゃうから!
「ざ、残念ながら、何も聞いてません。25歳の会社員のお姉さんとしか……個人情報保護のつもりなんでしょうかね? もう何が何やら……」
「あらまぁ、そりゃ災難」
眉を下げ、彼女は気の毒そうと言わんばかりの苦笑い。
「私はウルエ。よろしくね!」
そう言って彼女が右手を差し出してきたので、慌てて握手を交わす。
フィンガーレスタイプのタクティカルグローブ、そこから見えている荒れた指先が、この異世界を物語っている。
「どうして、こっちの世界に帰って来ないんですか?」
素朴な疑問を口にする。
「あぁ……それは……」
ごそごそとズボンの大きなポケットから、ハンカチに包まれた何かを取り出す。
包みを開けると折りたたみ式の白いコンパクト、開くと鏡面だけがパッキリ無惨に割れていた……。
「あぁ、これじゃ……」
「流れ弾で、ね。だから、連絡鏡の所まで辿り着くか、最終ステージに行くまでに鏡の代わりになる物を見つけないと……」
えっ……お姉さんは連絡鏡のこと知ってるの⁉︎
……俺には説明もしてくれなかったくせに!
おのれ社長め‼︎
説明義務違反でひょいっと書類送検されてしまえ!
「お、私が鏡を持ってます! さっきの丸太小屋から一緒に元の世界へ帰りましょう‼︎」
俺は明るくお姉さんを促した。
………………
「う〜ん……」
「ど、どうしたんですか?」
予想外に彼女は歯切れの悪い返事……そして、すっと俺の後ろを指差した。
「⁇」
振り返り、目の前の光景に俺は凍りつく。
メルヘンなお菓子の街並みは瓦礫の山と化し、俺が向こうの世界から通ってきた丸太小屋は他の家と混ざってしまい、もうどれがどれだか分からない状態になっていたのだ。
………………
お、お菓子の家……サックサクで、ホロホロ……ちょっと脆すぎねぇ?
「と、とりあえず、前に進むしかない……ってことですかね?」
ようやく絞り出した俺の言葉に、彼女はそっと頷いた。




