大家さん
交通量の多い道路から一本奥に入っただけで、随分と静かな住宅街になるもんだな。
レンガ調の外観、3階建ての……アパートじゃなくて、これはマンションだな。
入り口エントランスにはオートロックセキュリティに防犯カメラ。
女性限定と言うだけあってその辺りは色々と配慮がなされているようだ。
広すぎないエントランス内、向かって右側には管理人室の受付がある。
小さなカーテンが付いた小窓の前、置かれている小さなブザーをそっと押す。
ピンポーーン!
思ったよりも可愛い音が鳴り響く。
「ここの管理人、兼、大家さんだ。ちゃんと挨拶しろよ」
「は、はい」
無理やり高い裏声を出してみるが……可愛くはないハスキーボイス。
これで果たしてバレないんだろうか?
ガチムチ系ではないけど、俺、これでも身長168cmあるんだが……。
ガチャ!
「なんだ、誰かと思えば……お前か」
管理人室のドアから出てきたのは、ちんまりと小柄で細身なお婆さん。
割烹着姿がよく似合う。
だが、口調と顔中の皺から、ご本人の気の強さが伝わってくる。
「おぅ久しぶり、山吹の婆さん。あ、こっちはうちの会社のイチオシ新人『ハル子ちゃん』!」
「は、初めまして! ハル子です‼︎」
「ほぉ……初めまして……」
ジロジロと鋭い瞳が俺の頭から足先までを見回す。
バ、バレませんように……ドキドキドキドキ、心拍数が120回/分を超える。
……っつうか社長、俺のこと勝手に職員扱いしてない? ん?
しかも大家さんに対して、口の聞き方悪すぎ!
ハラハラする!
もう、ドキドキ、ハラハラ忙しいわい‼︎
「最近の子は、栄養が良いんだな」
そう言って俺を疑う事なく、大きなポケットをガサガサと弄り、すっと鍵を取り出した。
はぁ〜セーフ!
バレてない。バレてない。助かった!
「205号室の件だな。……はぁ……いい加減、お前の憎たらしい面拝むのは、そろそろ終わりにしたいもんだ」
「はははっ」
溜息を吐きながら、マスターキーで開錠し、中へと招き入れてくれる。
山吹さんの後を俺らは揃って、静かについて行った。
歩きながら、こそっと社長に話し掛けた。
「社長って……もしかしてだけど、ここの大家さんに嫌われているの?」
「あぁ、もしかしなくてもだけどな」
「……」
『だからなんだ?』と言わんばかりにケロッとした顔で答えてくる、鋼メンタルお兄さん。
エレベーターを上がり、2階の廊下中央の部屋前でぴたりと山吹さんが立ち止まる。
「この部屋は……縁起でも無い……あたしが死んだら、この建物は潰してもらうよう遺言書に書いておくよ」
「なんだ、勿体ねぇ。俺が激安で買い取ってやるから、安心してくたばっちまいな」
「ったく、口が減らないクソ餓鬼だねぇ」
ニヤニヤ笑う社長に、ふっとニヒルな笑みを返す山吹お婆さん。
……あぁ、なんだ似た者同士ですね。
むしろ仲良しじゃん⁉︎
ガチャ!
「はい、失礼するよ」
不在の借り主に対して、一声かけてから部屋に上がる。
想像していたよりも殺風景な部屋だった。
現在の借り主さん、あまりインテリアには興味が無さそう。
本棚には専門書がびっちり……医療関係のお仕事か?
「この部屋で人が亡くなったのは、もう6年前になるか……当時19歳の女子大生だった」
19……俺と同い年か……。
「拒食症。無理が身体に来てしまったんだろう。痩せ細った身体でね……風呂場で滑って頭を打って……亡くなってしまった。……発見は、三日後だった……あたしゃ……気づいてやれなかった……」
こちらから顔は見えないが声に悲しさが滲む。
「今、部屋を貸している子の姿が見えなくなって、今日で丸14日目だ。防犯カメラを確認したが、帰宅後、部屋から出ていった形跡がない」
くるりとこちらへ向き直り、俺と社長に深々と頭を下げてきた。
小さな身体がさらに小さくなる。
社長の会社『ワープルーム』が管轄する物件が何なのか、知っている大家さんなんだな……随分と肝の据わった人だ。
「頼んだよ」
そう、一言だけ言い置いて、山吹お婆さんは元の管理人室へと戻って行った……。
ガチャン!
大家さんが退室したと同時に、ジロッと社長を睨む。
「俺、女装する必要ありました?」
「あり、あり、大ありだ。泊まるってなれば、流石に男は倫理的にマズい。異世界に行ったきりで行方不明だからって、ここは25歳会社員のお嬢さんに貸してる部屋だからな」
「年上の……お姉さん」
「だから、ほらよ!」
ポイッ!
社長が何かを放り投げてくる。
俺、ナイスキャッチ!
「……寝袋?」
ちょっと待て、貴方どこに隠してた?
手ぶらでしたよね? 手品ですか⁇
「トイレ、風呂は使って良いが、ベッドは駄目だ」
「……はい」
俺も人様の枕で寝るのは気が引ける。
しかもお姉さん……いい匂いとかしたら、違った意味で眠れなくなってしまう。
………………
「……っつうか、だったら、最初からセバメさんに頼めば良くない? 俺よりずっと優秀でしょ?」
「セバメ……あいつは駄目だ」
取りつく島もなく、バッサリ断言する。
ふ〜ん……そんなに大切なんだな。
従業員を守るのは良いんですが……俺の方は一応、お客様だったはずなんですけど……。
なんか扱いに差がありすぎません?
「ま、とりあえず。あれ出せ」
「はいはい」
社長に言われるまま、ポケットから例のブツを取り出す……えぇ、鏡のことです。
洗面所へと向かい、鏡を握った手を伸ばして……合わせ鏡!
ぴかーーっ!
覚えのある眩い光が放たれる!
一瞬、チャル達の顔が頭にチラつき……胸がぎゅっと締め付けられた。
徐々に光が収まっていき、ゆっくりと目を開ける。
「……メルヘン?」
「あぁ、この異世界は『お菓子な異世界』だ」
俺達が佇むのは、クッキーで出来た可愛らしい丸太小屋。
「好きな時に行き来出来るちょっとSNS映えするカフェが部屋にあると思えば、楽しくなるだろ? おうちカフェ」
行方不明者出るカフェなんて、いらんがな!
「じゃ! 後は若い者に任せてお暇しますかね。頑張れよ、ハル子ちゃん。後でアンケート書いてくれ」
そう言って、胸ポケットから取り出したのは高級そうな手鏡。
ぴかーーっ!
社長は無情にも、さっさと現実に帰って行ったのだった……一人、俺を残して……。




