東武線小菅駅徒歩10分の1DK
ブロロロロッ……
今日も社長の高級車で目的地へと問答無用に運ばれていく、アンニュイな午後。
走る距離はここからそんなに遠くないはず……居住エリアだけは俺の希望をちゃんと叶えてくれる。
……というか、足立区……もしかして事故物件多いの?
っつうか『お試し一泊二日』って……裏を返せば『その部屋の異世界、お前とりあえず行ってこーーい!』って意味でしょ? ねぇ? ねぇ?
しかも、たぶん、これ絶対、また行方不明者出てる物件だよねっ‼︎
うぅっ……極上カツ丼だけじゃ、割に合わない。
せめて、ここぞとばかりに、普段100%自力じゃ食えないA5ランクすき焼きうどんでも追加リクエストすれば良かった……。
ちょっと後悔。
……リアル最後の晩餐になったらどうすんだよ⁉︎
隣では鼻歌を歌いながら、ご機嫌社長が麗しいハンドル捌きを披露していた……。
◇◇◇◇
国道四号線を南に進む。
渋滞を通過し、走り出してから20分程で車は静かに停車した。
一方通行の多い、住宅街だ。
俺はポケットに、ごそっと手を突っ込む。
「はい! これどうぞ!」
出かける時に美少女メイド事務員ちゃんから前回同様、鏡をそっと手渡されていた。
前と違うことは、クッション性のあるミニポーチに入れてあること……マサさんの異世界の時は魔王に吹っ飛ばされて割っちゃったからな……あぁ、なんて親切! 可愛い!
……君の上司の誰かさんとは大違いだ。
「おっ、今度は袋入りか。セバメ、何か備品をネットでポチってると思ったら……鏡割って帰れなくなったケースも多いからな」
「えっ? ……そういう時は?」
「この前、大鏡を設置してあっただろ? あれで連絡くれりゃ、サポートに向かうさ……あの鏡まで辿り着けたなら……」
「……」
辿り着けなきゃ、行方不明者の仲間入り、か。
ひぃぃっ、怖っ‼︎
「じゃあ、俺からもお前にこれをやろう!」
何やら、後部座席をゴソゴソしてから社長が俺の頭に黒い何かを被せる!
かぽっ!
「ぎゃっ! な、何⁉︎」
「何って……清純派黒髪ロングヘア……のかつらだ。お前、好きなタイプだろ?」
ぎくっ! なぜ、俺の好みを言い当ててくる⁇
「……で、何でそれがいるんですか?」
「今から行くのが、女性限定物件だからな」
………………
「はい?」
「だ・か・ら、お前は今から女性だ。名前は『ハル子』でいいか?」
「いやいやいやいや、ちょっと待てぃ! 女性限定物件にお試しって……普通、『ここ、借りようかどうしようか迷ってるんだよな〜な物件』にお試しするんじゃないんですか?」
「ん? 何言ってんだ? 今回、お前には『お試しをお試し』してもらうんだよ」
「はぁ?」
「一泊二日体験がイイ感じかどうかの顧客体験モニターだ……日数は最適か、必要な備品は何か、その他諸々の改善点や打ち出す魅力とかを上げてもらいたい。あ、これから大家さんに挨拶するけど、男だってバレんなよ?」
……覆面調査員ですか? ミシュランですか?
「『お泊まり体験を是非オススメしたい』とは言ったが、ここの物件をお前に薦めるとは一言も言ってないぞ?」
………………
くそーー!
言われてみれば確かにそうだけどーー‼︎
なんか超腹立つーー‼︎
「……で? 何故にあえての女性限定の物件なんですか?」
きっと、予想通りの答えが返ってくると思うが……一応、聞いてみる。
「あぁ、ここに住んでた25歳会社員女性が二週間前から行方不明だ。まだ、今月の契約は切れてないから彼女の私物はそのまんまだ。好きに使っていいぞ? 契約書面上、合意になっている」
「なっ⁉︎」
嘘、マジかよ⁉︎
そんな事まであの紙には書いてあるの⁇
絶対、小っっさく読めないような字で記載してあるんだろうな。
詐欺ってる‼︎
「……ということは、これはあれですか? モニターをしつつ、行方不明者を探して来い、と?」
俺の言葉が満点の解答だったのか、今日一番のニヤリ顔で社長が笑った。




