事情聴取
第二部 開始です。
今日は、大学の講義が二限までだった。
ぼんやりと構内を歩いていたところ、俺のスマホが鳴り、LINEのメッセージ『昼飯を奢ってやる』と、急遽お呼び出し……。
誰からか……は言うまでもない『あの人』だ。
大学のある北千住駅の改札を通って電車に乗り、15分もかからずに目的地『不動産会社 ワープルーム』の最寄、竹ノ塚駅のホームに降り立った。
「あぁ、気が重いなぁ……」
人生、何があるかわからない。
悪いことも、良いことも……ただ……表裏一体、考えようによっては同じ事柄でもオセロの様に簡単にひっくり返る。
俺自身の心の向きによって、悪いことも良いことに変換できる……はず、そしてまた逆も然り。
「運が……良い、と思おうか」
独り言を呟き、とぼとぼと重い足取りで前へと進んだ。
◇◇◇◇
バンッ!
「さぁ、これ食って、洗いざらい吐いちまいな!」
………………
食えとか吐けとか忙しいですね、社長。
そんな盛大に机叩かなくても……。
ホワイトを基調とした店内に不似合いな ① カツ丼 ② スタンドライト ③ パイプ椅子の刑事ドラマ三点セットがご用意され、俺は向かいに座ったニヤニヤしたこの人から、事情聴取を受けることになったのだ……。
「これから食うのに、吐けとか言わないでくれます? せっかくの昼ご飯が台無しですよ」
俺がじとっとした目でクレームを言う。
「いや〜〜、中々日常生活で言うことのない台詞だろ? 一度言ってみたかったんだよな。あ、あとあれやりたい! タクシーの運転手さんに『前の車追って下さい!』って、あれ。言いたい! ……よし、今度やろう! ハル、どうだ一緒に?」
それはマジでやめて。
真面目にお仕事してる運転手さん困惑させちゃうから……。
「嫌ですよ、社長! だいたい、あんたピカピカのイイ車乗ってんだから、タクシー使う事は滅多にないでしょ⁉︎」
「ちっ……ノリ悪いなぁ……」
仮にもお客様な俺に向かって舌打ちをする社長。
貴方様のノリに付き合える人の顔が見てみたい……いや、嘘。見たくない!
このレベルの人間がもう一人やって来たら、俺の胃はストレスで穴が開いちまう!
蜂の巣みたいにポコポコに!!
うーー、考えただけでなんか胃がキリキリしてきた気がする……。
「まぁ冗談はさておき、食え! 話はそれからだ」
「冗談のつもりには聞こえませんでしたが……い、いただきます!」
まぁ、目の前の豪華な餌にホイホイ釣られてくる俺も大概だ、な。
見るからに美味そうなカツ丼に箸をすすめる。
ぱくっ!
もぐもぐ……ごくん。
ふわぁっ‼︎
一口食べただけで、俺の周りにお花畑が広がった……イメージ。
こんな美味いカツ丼、今まで食べた事がない!
ふわふわの卵に程良い甘みのお出汁が効いている!
さらにはこの米だ!
ほろりと口の中でほぐれて、卵とさくふわのカツとが混ざり合い、消えていく……な、なんなんだこれは‼︎
「心の中で食レポしてるみたいにご満悦ですね、ナギスギ様。はい、お茶どうぞ」
ニコニコ笑顔でメイド服美少女セバメさんが、緑茶を運んで来てくれた、マジ天使!
「あ、ありがとうございます」
お茶も美味しい! あぁ、ほっとする〜〜。
至福のひととき……その分この後が怖いわぁ。
◇◇◇◇
カツ丼をすっかり綺麗に平らげた俺は、マサさんの異世界で起こった出来事を一気に話した。
「そっか、お疲れさん。……よく帰って来たな」
一通り聴き終え、社長がニヤリと笑った。
……たぶん嫌味ではない、本音だ。
優雅に珈琲を啜りながら、社長がふいにテレビを点けた。
ピッ!
ちょうど午後のワイドショーの時間帯。
家にテレビがない俺の視線は、すぅっと画面に奪われた。
『……システムエンジニアの男性(当時42歳)が死亡したのは、パワハラと時間外労働が原因だと遺族が勤務先を相手取り賠償を求めた訴訟が、東京地裁で認められ、賠償金約7000万円で和解が成立しました。これに対して、ご遺族は……』
数名の喪服を来たご遺族と弁護士が並び座る映像。
ハンカチで涙を拭う高齢な女性は恐らく亡くなった方の母親だろう。
その彼女が胸に抱える遺影には……見覚えのある顔!
「マサさん⁉︎」
ガタッと勢いよく立ち上がったせいで、パイプ椅子が後方に倒れ、激しく音を立てた。
ガシャン!
「タイムリーだな。……家族も少しは救われた……か、どうかはわからんが、とりあえず一区切りかな」
「……」
……死んだ人間はどうやっても戻らない。
テレビ画面のニュースはさっと切り替わり、株価の大暴落やら病院の汚職事件やらマラソン選手が代表を辞退したやらなんやら、てんでバラバラな話題を電波に乗せていく。
「……で、魔王は強かったか?」
「たぶん本当なら強かった……はずです、が……マサさんの異世界は彼にとって圧倒的に有利な世界でした。お陰で俺はたいした怪我もなく、戻って来れたって感じです」
「なるほど……」
頷きながら、ちらりと俺の顔を見る社長。
「その割には随分と浮かない顔してんな?」
「……元々、俺の顔なんてこんなもんすよ」
ははっと乾いた笑いが、俺の口から漏れた。
事故物件の異世界は、無意識な『自作自演』の世界だった。
主役の魂を救うためだけに用意された、舞台……それが彼の、いや、『事故物件の異世界』の本質なのだろう……と思う。
「うちが取り扱う中にも行方不明者が複数出てる物件はそこそこあるからなぁ……流石にお客様にオススメしづらい案件たくさんは抱えたくねぇから、今回のハルの経験を今後の対策に取り入れて……」
「おいコラ、ちょっと待て」
思わずツッコミを入れる。
……俺にオススメしてきたのは行方不明者三名様だったぞ?
俺も崩壊の最後に閉じ込められてたら、四人目になってたからな? なかなかだぞ?
綾瀬の物件を即退去した俺は、とりあえずこの不動産屋が入っているテナントビルの最上階に今、住まわせてもらっている。
あの日、危うく次の物件に連行されそうになったのを、ゴネにゴネたのだ。
皮肉な事に俺の希望条件、『北千住駅から通学15分圏内』に、このビルは一致していたのだ。
「このビルは俺の持ち物だ」
カレーは飲み物のように軽く言われましても……俺とは住んでる次元の違うお金持ちさんですね、はいはい。
「俺も鬼じゃないからな〜〜」
鬼じゃなければ、悪魔ですか? それとも魔王?
「ハルには改めて、オススメの物件を紹介したいと思ってるんだよ」
「……」
ニヤニヤといつもの笑みを浮かべてやがる。
……嫌な予感。
「でも今回みたいに、またすぐ引っ越しってのも、大変だろ? ……俺が」
あんたがかい!
「だ・か・ら、優しい俺は考えた。地方とかであるだろ? お試し移住。あれ」
「……つまり?」
「一泊二日お泊まり体験を是非オススメしたい」
「……もちろん② 幽霊は出ないけど異世界へワープできる事故物件……ですよね?」
「おう!」
………………
「安く賃貸物件に住みたいお客様と、悩みのタネな物件をどうにかして欲しい大家様。どちらもWIN-WINな関係にさせる……うちの会社はそんな素敵なお仕事をしているんだよ、ハル」
悪徳商法のセールストークに聞こえてくる。
「さぁ、どうする?」
「……体験させて頂きます」
っつうか俺の立場上、拒否権は存在しない。
断れば、ホームレス‼︎
やっぱり、本当に恐ろしいのは幽霊よりも人間の方かも……。
「あぁ、今日、バイト休みで良かった……」
そう呟いてから、俺は深海の様に、深く深く溜息を吐き出したのだった。




