嘆き
割れた壁、瓦礫の崩れる音と共に、荒い息遣いがはっきり聞こえる。
「はぁはぁはぁ……」
勇者はようやく手を止めた。
足元にはぴくぴくと痙攣しながら這い蹲る、不様な黒い巨体。
「くそっ‼︎」
さらに一撃、渾身の力で魔王の頭を踏み付ける。
がんっ!
地面にめり込み、周囲に床の破片が飛び散る!
「……こんなことしても……何にもならないのに……」
力無く、勇者が肩を落とす。
「ふっぅっ……」
ぽたぽたと静かに涙が彼の足元に落ちていく。
この人は分かっている……時間は巻き戻らない。
死んだら終わり。
遺体は焼かれて、骨は既に墓の下。
行き場のない魂だけが、今、ここにある。
「大学卒業して、就職してさ……毎日会社と家の往復で……その日その日なんとかこなして……上司にボロクソ言われて、無茶なスケジュール振られて……それでも一生懸命、20年も働いて……気づいたら、死んでたって……俺の人生、一体……何だったんだろうな?」
「……」
まだ就職したことのない俺には何も答えられない。
ただ一つ言えること……。
「今……突然死した、ご自分のこと……こうして振り返り出来ていることは……幸福なんでしょうか?」
「……どうなんだろう? ただ……」
ふいっと足元に転がる魔王に視線を落として言う。
「……ちょっとは『ざまぁっ』って思ってるよ」
ふっと口の端が上に上がる。
初めて、この人は穏やかな顔を取り戻したようだ。
「あの……もう少し……やり残したことをやりませんか?」
「?」
綾瀬(仮)さんはごしごしと袖で顔を拭い、俺を見る。
俺は『どうぐ なべ』を取り出した。




