サービス
青い空、白い雲。
どこまでも続いていそうな広い草原、遠くには山も見える。
風とともに小さな竜が舞い上がり、草原ではスライムが仲良く重なり遊びをしている。
窓から外を眺め、ここが東京都の北東、足立区ではないことを改めて知る。
「ここは始まりの場所。冒険者の家だ……」
当たり前のように序章語り始めたよ、この人。
「俺も内覧の時くらいしか入らないから、この世界のことはよく知らんが……紛れもなく、あの部屋で亡くなった綾瀬(仮)さんの作り出した異世界だ」
勝手に(仮)の名前つけたよ、バチ当たり!
……ってことは、物件を借りてた前の居住者達、三人ともこの世界に来たっきりなのか⁉︎
元の世界に戻れなかったのか、戻らなかったのか……。
現実では行方不明者扱いになっているんだな。
はっとして、急に不安になり、社長に詰め寄る。
「ど、どうしたら戻れるんですか⁉︎」
一刻も早く、元の世界に戻りたい。怖っ!
「ほれ。行きと同じだ」
社長が指差した先の壁にもA4サイズの鏡がある。
合わせ鏡をすると、さっきと同様の閃光とともに、元いた1Rに一瞬で戻って来られた。
「た、助かった……」
ほっとして、へなへなーーっとその場にへたり込む。
俺の寿命、10年は縮んだんじゃないか?
「ちょっとデカい納戸がサービスで付いてきたって思えばお得だろ?」
行方不明者が出る広さを、ちょっとデカいとは言わない。
「じゃあ、もう今日からここ住んじゃえよ」
じゃあ、の意味がわからない!
これからファミレス行くようなノリで話を進めないでくれ。
「あーーもしもし俺」
スマホで誰かに連絡を取り始めてる。
どーーする?
まだ何も言ってないのに、勝手に何かがどんどん進んでいくぞ⁉︎
「お、暇か! じゃあ頼んだぞ! 場所はLINEで送る」
いや、だから勝手に何か頼むなよ!
「あのーー……」
「今住んでるとこ、xxx-xxxだろ? 引っ越し屋が空いてたから、現地集合で」
確かに書いたよ?
俺の現住所を契約書に……。
見知らぬ電話相手にも個人情報だだ漏れでいいのか、不動産屋よ……。
個人情報保護法どこいった⁉︎
俺の心の反抗虚しく、またしても社長の車に乗せられ、荷物を取りに自分の部屋へと向かう。
俺のアパート前にはすでに「M's引っ越し社」のトラックが停車していた。
無駄にマッチョな引っ越し屋さんが三人、車から出てくる……。
M'sのMはマッスルか⁉︎
「荷物はこれで全部か?」
「……はい」
元々、引っ越し予定だったから、段ボールに九割方荷物を詰めといた……ことが、仇となる。
テキパキと、あっという間に荷物を運び出し、引っ越し先へと移動が完了してしまった……。
マッチョ兄さん達……仕事早すぎるよ!
拒否することも戸惑う猶予も与えてもらえねぇ‼︎
こうして俺は、綾瀬の1Rマンションに無事(?)引っ越してきたのだった……。
「俺は気前が良いから、特別サービスだ。ラッキーだったな」
社長はそう言って、ニヤニヤ満足げに帰って行ったのだった……。