親父さん
嫌い……か。
裏を返せば、嫌いになれるほどの関わりがあることを意味する。
自分の父親の記憶がない俺には抱けない感情だな。
「……弱いってのは……何をもってか? 心か? 身体か?」
「どっちもだ」
少年の瞳の奥が、苛立ちを含んで揺れる。
左眼の虹彩はブラウン……こちらは父親譲りだな。
エルフと人間のハーフは、しっかりと血の繋がりを瞳に受け継いだ……それも忌々しく感じているのだろうか?
「母ちゃん……泣いてた。エルフと違って冒険者は寿命があるって……そんで、呆気なく……消えちまった」
『死ぬ』のではなく、『消える』との表現は自分にとって違和感がある。
いや、この世界の死は『消滅』という形を取るのか?
遺体が細かな粒子に崩れて、空へと儚く消え去るような映像……。
「身体はまあ……仕方ないな」
命ある限り、等しく終わりは訪れる。
それが長いか、短いか……その違いだけ。
「じゃあ、心は?」
「父ちゃんは……冒険者なのに姫を助けに行かない、腰抜け野郎だ! ……俺達は違う!」
会社員ショータさんはこの異世界を生きる自分の子に真実を告げる程、馬鹿ではない。
姫を救えば、自分の大切な家族を失うのだ。
想ってるからこそ、何も言わない。
そしてそれは大抵、悪い誤解を生み出す。
想いを込めて送る丁寧な言葉ですら、歪み捻じ曲がり、受け取り手に伝わるのは果たして何割程度か……言わなければ、尚のこと。
でも、フィングの話し振りを聞いて、ただ一つ分かったこと……それは……。
「なーーんの話してんだよーー! 俺も混ぜろよーー!」
そこに空気読めない男NO.1のユルファが割って入ってきた。
顔に引っ掻き傷……チャルにやられたな、アホ。
「お前達の親父さんの話だよ」
「父ちゃん?」
きょとんとした表情……あぁやっぱりな。
「お前ら……親父さんのこと、大好きだったんだな」
「おう!」
「な、なんでそうなるんだよ⁉︎」
ユルファとフィングが面白いくらい真逆の反応。
フィングは納得いっていない、むくれた表情。
「好きだからこそ、悔しい……そういうもんなんだろ?」
俺には、よく分からないけど……。
フィングの頭を撫でてやると、恥ずかしそうに俯き赤くなる……素直になれない天邪鬼タイプのようだ。
「どうしたんだよ、お前ーー?」
そこを目敏く揶揄いに転じるユルファ。
……お前、そういうところ、どうにかならねぇか?
また喧嘩勃発するだろ⁉︎
「て、てめぇ!」
予想通り、赤い顔をさらに紅潮させ、ユルファに掴み掛かろうとするフィング!
ほら、言わんこっちゃない……。
すると、フィングの顔面に突如、メーさんがぷるんと覆い被さった!
「うわぁっ!」
「おっ! やっぱこいつ面白え‼︎」
出鼻を挫かれ困惑する弟と興味深い魔物を突っつき出す兄。
喧嘩に発展させることなく、その場を収めてくれた、お手柄だよ!
メーさん、ありがとう。
『エアコン』の魔法陣を絶えず頭上に展開し、快適な空間を維持したまま先へと進む。
チャルと双子は今のところ仲良く前を進んでいく……今のところ。
……三つ巴の喧嘩も想定しておかないと、う〜む。
「さっきはありがとねーー」
「ぷるんるーー」
俺は頭上のメーさんに声を掛けると、ぷるんぷるんと答えてくれる。
「良かったな、メーさん……いやショータさん」
頭上の転生者に、俺は礼を言った。




