オススメ事故物件!
最終回です。
「ふぅっ……」
カコンッ!
中身を飲み干し空になった紙カップをちゃぶ台に置くと、思ったよりも高い音が響いた。
「ごちそうさまでした!」
両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。
まだ食べている途中の皆は、一番に食べ終えた俺のスピードにやや呆気に取られていた。
いや、だってこのベイクドチーズケーキめちゃめちゃ美味かったから……やめられない止まらない。
社長が手に持っていた珈琲を一口啜ってから、ゆっくりと口を開いた。
「食うの早えな。もっと味わえよ。っつうか昼飯が焼き菓子で、おやつにチーズケーキか」
「あらあらハル、偏食は良くないわよ?」
「大丈夫だよ、ばあちゃん。この後、焼き肉が俺を待ってるから!」
「ったく何度も言わなくても、ちゃんと約束は守ってやるさ」
言いながら、社長が俺の頭をガシガシと撫でてきた。
ボサボサ頭がさらにふんわりボリュームアップ。
「そういやセバメから聞いたが……水墨画な異世界での武器に……なんで、あえてモップ?」
「え?」
いきなり今、その話?
異世界にブリーチされたこの髪の毛から連想して、美少女事務員さんとの会話を思い出したの?
「うーん、そうだなぁ……俺の人生において、労働時間が大半を占めるからかな? 咄嗟に思いつく道具ってのは、やっぱり身近で馴染みのあるモノ……バイト無双してきた俺にとっちゃ、モップは友達」
「あぁ、お前、人間のお友達ゼロだもんな」
「……」
はっきり言わないで!
改めて言われると、なんか傷つくわ!
ばあちゃんも、そんな絶望的な顔しないでよ!
空気悪ぅーーっ!
「そ、そういえば……」
換気がてらに新しい話題を振ろうと、慌ててネタ探し。
周囲をキョロキョロ見回し、ピタッと俺の視線は彼女に止まる。
………………
「メ、メグちゃんさん……食べ方がなかなかにワンパクだね」
ちゃぶ台の上、チーズケーキの高さと座った彼女の身長はほぼ同じくらい。
そんな自分の身体と比較してもバカでかいケーキを、両手でガシッと掴んで、彼女はムシャムシャとワイルドに齧り付いていた。
口周りに破片がべったりついててもお構いなしながっつきっぷり。
「ははっ! いっぱい食って、大きくなれよ」
「……え? 大きくって……?」
俺の脳裏にポンッとセバメさんの顔が思い浮かんだ。
……もしかして彼女も、最初はメグちゃんさんと同じくらいのフィギュアサイズだった、とか?
あらまぁ、随分と大きくなってぇ……ってか、本当に一体どんな原理だよーーっ⁉︎
「メグちゃん。こっちのままじゃ飲みづらいでしょうから、珈琲はこれでどうぞ」
ばあちゃんがふわっと両手を重ね、また開くと、その手の中から小さなお人形用のティーカップがパッと出現した。
うおっ! マジシャンみたい! 鮮やか!
その小さなカップの中に、ばあちゃんは紙カップを傾けて丁寧に中身を注ぎ入れた。
それを受け取り、お人形な彼女はペコリと頭を下げる。
……あれ?
だいぶボディの可動性が滑らかになってない? 気のせい?
「それにしても……本当に良かったわ」
「え?」
「ハルが……遍さんと巡り会えて……」
「……」
ばあちゃん……心の底から本当にそう思っているんだな。
全身からそれがヒシヒシと伝わってくるよ。
………………
俺としては……めっちゃめちゃ複雑な心境!
だけど、でも、確かに……この人と出会えていなければ、今こうして死んだばあちゃんと再び話をすることなんてできなかっただろう。
………………
………………
よ……良かった……と、いうことにしておこうかな。うん。
「ふふふ。遍さんってば、お気に入りはついかまいたくなっちゃうタイプなのよ」
「絶対違うと思う、それ!」
間髪入れずに否定する、俺。
不正解率200%なポジティブ解釈だよ、ばあちゃん⁉︎
「だからね、ハル。お前は社長の元で……馬車馬のように働きなさいね」
「ちょ、ちょっと、ばあちゃん! 笑顔で孫にブラック労働推奨しないでよーーっ!」
「うふふふふ……」
「ははははは……」
「いや、笑って締めようとするなよーーーーっ!」
「あ、そうそう」
バサッ!
「え?」
大声でツッコミを入れた俺の目の前に、社長が突如、ずいっと厚みのある書類を突き出してきた。
でも、眼球直前過ぎて、視界に何も入りませんけどーー⁉︎
「……」
あの、グイグイ押さないでくれます?
もう顔に当たってますからね? 痛っ! 痛いし!
これ……俺が受け取るまで絶対引かないヤツだ。
………………
「はぁ……はいはい、分かりましたよ。読めってことですよね?」
パシッ!
嫌々ながら社長からそれを受け取り、付箋の貼られた項をぺらりと捲った。
何度も契約書類には失敗しているからな……もう同じ轍は踏まん!
文章の一言一句にしっかりと目を通す。
………………
「え? こ、これって……」
「これは、うちの正社員の福利厚生についての書類だ」
俺は書面から目を離し、ぱっと社長の顔を見上げた。
そして彼はいつも通り、ニヤリと笑った。
◇◇◇◇
三年後ーー
ウィーーンッ……
自動ドアが開き、馴染みの青年が店内に足を踏み入れる。
「こんにちわーー! あれ? ハル……じゃなくって、凪杉支店長いる?」
「あら、ノキハラさん。今の時間はお昼休みだから、支店長は席を外していますよ?」
「そっか、一緒にメシでもと思ったのに……」
銀髪の青年が残念そうに口を尖らせた。
「随分と羽振りがいいんですね?」
「あれ? セバメちゃん分かる? 実はさぁ〜〜、ハルに紹介してもらった彼とのコラボ動画が超バズったんだよーー! あ、これはセバメちゃんにお土産。上野の駅ナカで美味しそうだったから、買ってきちゃった」
「あら、お気遣いありがとうございます。そして、ど底辺配信者からの脱却、誠におめでとうございます!」
「え? なんか辛辣⁉︎ 言葉のチョイスにトゲがない⁇」
受け取った手提げをそっとテーブルに置き、事務員さんは入力作業途中のタブレット端末に目を落として、データを上書き保存。
そっと席を立ち、今度は珈琲を淹れ始めた。
コトッ……
「はい、どうぞ」
「おっ、 ありがとう。じゃあハルは……部屋にいるのか?」
「部屋っていうか、『部屋の中の部屋』って感じですか?」
「え? どういうこと?」
「そうですね……うちの福利厚生の一つですね」
「⁇」
ニコリと微笑む彼女とは対照的に、青年はカップを持ったまま怪訝そうに首を傾げた。
◇
ゴロゴロゴロゴロ……
畳の居間で、折りたたんだ座布団を枕に横になっていると、後ろから優しい声が俺の名前を呼んだ。
「ほら、ハル。もうそろそろ昼休み終わるよ?」
「あぁ、もうそんな時間か……ばあちゃんとこ居心地いいから、ついだらけちゃうんだよね」
むくっと身体を起こして振り返る。
部屋の柱にかけられた時計は現実世界と同じ設定にしてあり、時刻は12:51を差していた。
「なにも、昼休みにこっちへ寄るなんて……一時間くらいしかないじゃないの」
「だってさ、正社員採用から3ヶ月経過してようやくだよ?」
「世の中なんて大概そんなもんよ、ルールはルール」
そう言いながら、俺の横に彼女がどさっと座る。
着席と同時に、握っていたリモコンでパチッとテレビを点けた。
ちなみに、このテレビは俺が持ち込み、セバメさんにお願いして異世界にも電波が届くよう工事してもらった。
お陰で、地上波もBSもバッチリ見られる仕様だ。
「メグちゃんは達観してるなぁ……」
ぼんやりと彼女の横顔を見つめる。
俺がおつかいに出ている間にばあちゃんと友達になった彼女は、そのままこの異世界の居候となっていた。
それにしても……あんなに小さかったのに、今じゃ普通の成人女性サイズにまで成長している。
……うん。もはや多少のことには驚かないや、俺。なんでもどんとこい!
「まぁ、ハルよりは先に生まれてるからねぇ……あ! リューマ君出てるよ!」
「おや、大人気だね。イケメンねぇ」
テレビ番組の最後、ちょうど映画の番宣タイムなのだろう。
今をときめく『神隠し俳優』嶋寺リューマが爽やかな笑顔を画面いっぱいに振り撒いていた。
「まさかこんなに売れるとはねぇ……リューマくん、別世界の人になっちゃって……」
「本当ねぇ……」
俺は……彼をよく知っている。
三年前、シュウジ&エナさんの異世界から、一緒に現実世界に戻ってきた彼……そう、シマウマくんだ。
あの日、四人とも病院で精密検査をしたが、驚くほどに誰一人健康上の問題がなかった為、入院する必要なく……同級生は家族の元へと帰し、三人は俺の部屋にしばらくの間、泊まっていたのだ。
社長……宿泊先は手配するって言ったのに……俺んとこは避難シェルターですか?
『一時的に保護した皆は世間で言うところの神隠しだ。これからの生活についての相談に乗ってやれ、お前がな』
丸投げとも言うべき社長からの指示で、俺は彼らのサポートをした。
……というか、早く部屋から出ていって欲しかった俺は全力で斡旋した。
結果、ドラァグクイーンだった白虎さん……白砂琥太郎さんは、俺がバイトしていたキッチンわらべの看板娘(?)となり、格闘家だったパンダさん……半田嵐士さんはその体躯を活かしてM's引越社に就職が決まった。
で、最後に残った嶋寺琉馬くんとは結局、一ヶ月くらい同居することになった。
俳優志望だった彼はオーディションに合格したのに、異世界に迷い込んだことで現実世界では行方不明者になっていた。
だが、それを逆手に取り『神隠し俳優』としてネットに上げたら、そりゃもうすごい勢いで一気に拡散!
キッカケは色モノな話題性だったかもしれないが、彼の顔面の良さに加えて、俳優としての素質、何よりも努力、あと異世界での経験も糧となり、一躍、人気俳優の仲間入りとなったのだ。
「この前、リューマくんがノキくんとコラボしてた動画、すごい話題になってたってテレビでも取り上げられていたよ」
「ノキくん、お家賃払えるようになって良かったねぇ、ハル」
「……それも社長からの指示だったんだよなぁ……『いい加減バズらせろ!』って……ほんと無茶苦茶だよ。まぁ……でも皆、なんやかんや元気でなにより、か。シュウジさん達も結局、あの後、異世界でやり直すことにしたし……そうそう今度、定期訪問で二人に会いに行く予定なんだ」
「ハルったら、社会人としてすっかり立派になっちゃって……」
そう言ってばあちゃんが涙ぐんだ。
ばあちゃんと再会したあの日……社長に借りは出来ることなら作りたくないんだけど……出世払いをお願いできないか考えていた。
ソラさんのように洗面台を買い上げたい、って……。
そしたら、幸運なことに書面の中に見つけたのだ。
福利厚生の一環で『社員は自由に好きな洗面台を利用できる』という一文を……。
『部屋の中に、すぐ帰れる実家があると思えばいいだろ?』
そう言って、社長は笑ったのだった。
そして俺は……俺のやりたいように、人生を進むことに決めたのだ。
いつ自分が死ぬかなんて、俺にも、誰にも分からない。
今日かもしれない、明日かもしれない、はたまた50年後かもしれない……。
今思えば……俺はずっと『ばあちゃんの為』を理由にして生きてきた気がする。
そして、突然ばあちゃんが死んだ後は、その延長線上をぼんやり歩いて……目標もなく、クソったれみたいな現実をただやり過ごすように生きてきた。
……それを『生きている』と呼ぶには……少し図々しすぎる。
だけど……ようやく、自分の為に……後悔なく日々を暮らしていきたい……素直にそう思えたんだよ。
………………
こんな鏡の裏に異世界がなんちゃらしてるような無茶苦茶な状況に身を置いたことで『生きること』に気づくなんてな……本当、おかしな話だ。
「ちょ、ちょっとハル! 時間!」
「あ、いけねぇ! ばあちゃん、メグちゃん、またね」
バタバタバタバタ……
びかーーっ! しゅうぅぅ……
合わせ鏡をして、慌ただしく部屋に戻り、軽く身支度を整える。
階段を降りて、1階の会社へと戻った。
『ワープルーム』には裏口がないので、社員の出入りも自動ドアを使う。
するとドアの前に、なにやらソワソワしている青年が立っていた。
中を覗いたり、スマホを眺めたり……まるで、あの日の自分を見ているよう。
……まさか俺にこんな人生が待ち構えているなんてな、あの時の俺に教えてやりたいよ。
こほんと軽く咳払いをし、俺はゆっくりとその青年に声を掛けたのだった。
「いらっしゃいませ。ようこそ『ワープルーム』へ! オススメ事故物件、多数取り扱っておりますよ!」
最後までお読み頂きありがとうございました。
ほんの少しでも、どなたかの暇つぶしになっていたら嬉しいです。
評価、いいね、ありがとうございます!




