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オススメ事故物件、今ならサービスで異世界ワープお付けします。  作者: 枝久
3ー4

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秘密は異世界に閉じ込めて……

ただいま、ハルおつかい中。

 居間で胡座(あぐら)をかいたまま、社長の通屋敷(みちやしき)(あまね)はおつかいに向かう部下の背中をじぃぃっと眺めていた。


「……」


 びかーーっ! しゅうぅぅぅぅ……


 古ぼけた洗面所から放たれた眩い光は徐々に収束し、開いた空間の繋ぎ目がまた塞がる。


「ハルは行ったか……」


 少しだけ首を覗かせ、現実世界(あちら)側に彼が戻ったことを確認してから、社長はゆっくりと孝乃(たかの)に向き直った。


「お前よく我慢したなぁ、いつものを……」

「……」


 その言葉で、ちゃぶ台の対角に正座していた老婆は、ブルブルと身体を震わせた。

……かと思うと、次の瞬間激しく自分の顔を手で覆う!


 バッ!


「いやぁぁぁぁぁ! ハルーーーー! うちの孫はなぁんて可愛いんでしょぉぉぉぉーー!」


 ざっ! すぱーーんっ! 


 黄色い声を上げたタカノは垂直に座布団から飛び上がると、押入れの(ふすま)を勢いよく開けた。


 バサッ! キュッ! ちゃきっ!


 そして黄緑色のハッピを羽織ると共に、額に同色の鉢巻き、両手にサイリウムを構えた。


 その様子を頬杖をつきながら、ニヤニヤと見上げる社長。


「まさか異世界で自分のばあさんが推し活してて、その押入れの中に推しである自分の祭壇があるとは……ハルのヤツ、夢にも思わねぇだろうな……しかし、相変わらずエゲツねぇ……あぁ、もちろん褒め言葉だ」


 『押入れ』ならぬ『推し入れ』と化した空間内には、ハルの写真やらアクリルスタンドやらが見事なまでにキラキラと飾り立てられていた。

どうやら異世界構築エネルギーは上手にやりくりされた上で、一部が推し活用に工面されていたようだ。


「はぁはぁはぁ……死んでから久々にハルに会えたけど……あぁ、孫が……推しが尊過ぎて吐きそう……」

「タカノ……お前が言うと洒落(シャレ)にならねぇからやめておけ」

「くふふふふ……」


 身悶える彼女の耳に、社長の直球な牽制ワードは届いてなさそうだ。

乙女の(ごと)くハイテンションではしゃぐお(ばば)……推し活に若返り効果があるという研究データが出ているのもなんだか頷ける。


 そしてオリジナル礼拝が進むにつれ、いつの間にかタカノは先程の若いお姉さんバージョンへとその姿を戻していた。


「はぁはぁはぁ……」

「全力だな。楽しそうでなによりだ。アンチエイジングもできて一石二鳥か」

「ふふっ。まぁ、こっちの身体の方が効率よく動けますからね」


 上気した頬でニコニコ笑いながら、彼女はさらに言い放った。


「でも契約はしませんよ」

「ははっ! やっぱりお前は頑固だな、タカノ。っつうか推しのハルが悲しそうな顔してたのに、いいのか?」

「うっ……」


 やはり孫の名前を出されると弱いのか、彼女は一瞬、言葉に詰まった。

だが、無理矢理に話題を変えようと一段階明るい声を上げる。


「そ、それにしても遍さんたら……せっかく連れて来てくれたハルにおつかいだなんて、私に対してちょっとイジワルなんじゃない?」

「なぁに……タカノとハルに聞かれたくない話をする為にワザと遠ざけただけだから気にするな」

「……」


 残念ながら話題変更は失敗。

ピキッと彼女の頬が引き攣るが、社長はそれに構わず話を続ける。


「両親に捨てられて、ばあちゃんに育てられた……的なことはハルが前に呟いていた。だからタカノの契約拒否はハルへの贖罪(しょくざい)かと思っていたが……それだけだとお前が拒む理由としてはやや弱い。もっと……深い後悔、懺悔(ざんげ)、自責……それとも、お前が謝りたい相手がもう既にこの世にはいない叶わぬ願い……とか」


 社長が溢す言葉に反応して、彼女の瞳がぐらりと揺らぐ……それは自白と同じだ。



 暫しの沈黙の後、彼女は観念したようにゆっくりと口を開いた。


「ふふっ。遍さんのその口振りは……どこまでを知ったんでしょうね? はぁ……秘密は墓場まで持って行こうとしたのに、自分のお墓も買えずに異世界とやらまで引っ提げてくるとは……私は死んでも、尚、駄目な人間だったわ」

 

 自分の額をそっと押さえて俯いた彼女が、深く深く溜息を吐き出した。


 コンコンコンッ!


 すると突如、どこからか木を叩く音が鳴った。


「え? 何の音?」

「あぁ……コイツだよ」


 言いながら社長が何かを掴み上げ、それをちゃぶ台の上にそっと乗せた。

それは一体の魔法少女フィギュア……普通と違うのは、これが動く人形だってこと。

さっきのは、ちゃぶ台の木製足をこの小さな手が一生懸命叩いていた音だった。


「コイツはまだ本体と馴染んでないから喋れないんだ。動作もぎこちない」

「そう……こんにちわ、可愛いお嬢さん」

「……」


 柔軟な思考を持った創造主は、目の前の不思議現象に臆することなく、フィギュアな彼女に挨拶をした。

……まぁ、それくらい肝がすわっていなければ異世界の住人なんて、とてもじゃないが務まらない。


「コイツ一人で倉庫に置いとけねぇし、ハルの肩に乗せてケーキ屋におつかい行かせるのは、バツゲームみたいでなんか可哀想だからな。コイツが……」

「あらあら優しいわね、遍さん」


 タカノはそう言いながら、ちらりと人形に視線を走らせ……また社長に向き直り(かす)かに微笑んだ。


「じゃあ、少しだけ……昔話をしましょうか」


 この小さなお人形さんになら聞かれても構わないと判断したのだろう。

鉢巻きを外して、座布団に座り直した彼女は、ぽつりぽつりと言葉を溢すように静かに語り始めた。

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