『おつかい』という名のパシリ
ちらっと隣を見ると、俺から視線をスイ〜ッと逸らすばあちゃん。
……あれ? なんか、メーさんともこんなやりとりあったな。
彼らの記憶が瞬間的に脳内へ蘇り、目の奥がぎゅっと熱くなる。
だが、今はゆっくり干渉に浸っている場合じゃない。
首をフルフルと小刻みに振り、一旦、思い出を脳内の大切な保管場所へと揺すり戻す。
そして、丸いちゃぶ台の向かい側に座る社長に、向き直って尋ねた。
「で、うちのばあちゃんは何で社長に目を付けられたんです? 当然ですが、怪しいセールスならお断りですよ?」
すると、社長が答えるより先に、慌ててばあちゃんが身を乗り出しながら声を上げる。
「んまぁっ! そんなんじゃないわよぉ。ちゃんと遍さんはこの世界のことを丁寧に説明してくれたわ。ただ……色々と気に掛けて頂いて本当に申し訳ないんだけれど……私のことは……放って置いてほしいの」
「え? 放ってって……」
意外だ。
社長がいつもの俺様感フルに発揮して憤慨したばあちゃんに箒でバシバシぶっ叩かれたとか、雑な説明に激怒したばあちゃんが契約書をビリビリに破り捨てた……とかだとばっかり……。
ばあちゃんは俺にはすごく優しかったが、攻撃してくるような人間にはマジで容赦しねえタイプだから、社長とそっち系のトラブル案件かと思ってた。
っつうか丁寧に説明って……俺には毎度必ず大事な部分をバッチリ端折るくせに……おい、不平等は良くないぞ!
俺のこともお届け荷物のクッション梱包並みに大切に扱ってくれよ、社長!
じとっと睨みにも似た視線を真向かいに送るが、左隣のばあちゃんを見つめる彼の視線とは交わらず。
掌を天井に向けて呆れたように社長は肩をすくめた。
「ったく、これだよ。タカノは『放って置いてくれ』の一点張り……おい、ハルからもガツンと言ってやれ。行け! 孫の特権、おねだり攻撃!」
「は? 何じゃそりゃ? っつうか『言ってやれ』って……何をです? そういや『説得しろ』とかも言ってましたけど……」
「タカノはウチとまだ契約していない」
………………
「はい?」
「お前がさっき行ってきた千住曙町のと同じ、ここは契約前の素人お手製な異世界だ」
「⁉︎」
ばっ!
思わず部屋の中をざっと見回す。
シュウジさん達の『水墨画な異世界』にはあちこちに未完成な空間内の繋ぎ目があった。
しかし、ばあちゃんの再現度120%なこの空間……作成がプロかアマチュアかなんて俺には見極められないよ。
自分の座っている座布団横の畳を無意識にさわさわと撫でたが、感触は現実のモノと遜色なかった。
「年の功か、元から器用なのか……ここは異世界構築の基礎がしっかりしている上に、エネルギーの使い方が非常に上手い。タカノの魂の根底に『節約』がしっかり染み付いているからだろうな。だが……補充が無ければ、やがては底をつく」
「……それで全てを終いに出来れば……私はいいんです」
「よくねえよ!」
悟ったように呟いたばあちゃんに向かって、社長がやや乱暴に言葉を投げつけた。
彼が感情を滲ませた言い方をするなんて珍しい。
咄嗟に俺は二人の会話に割って入った。
「ちょ、ちょっと社長! ばあちゃん本人がいいって言ってんだから、そんな……」
「ハル。お前は自分のばあさんが成仏出来なくなってもいいのか?」
「え? 成仏? どういうことです?」
隣と正面、二人の顔を交互に見比べる。
「ウチと契約を結んでいる場合、異世界消滅の際に魂は天空へと還るところまでを保証している。だが、鏡裏の不法占拠の場合、魂に還る先は無く、空間ごと消滅する」
「……」
マサさんの異世界の時に思った……主役の魂を救う為に用意された舞台、それがこの異世界の本質なのだ、と。
命を落としたことに気付かず、鏡裏に佇む魂に成仏か、異世界で暮らす時間という束の間の『猶予』を与えてくれる……そうか『契約』はある種の『救済』なのだ。
だが……それをばあちゃんは拒んでいる?
「成仏ってことは、また次の人生……輪廻転生が始まるんでしょ? 私はね……人間になんて、もう二度と生まれ変わりたくなんてないのよ」
「ばあちゃん……」
「そんな顔しないで、ハル。私はね……これでいいんだよ」
何かを言いかけたが、それを引っ込めてばあちゃんがふっと笑った。
「お前はいつもいつも、ばあちゃんのことばかり気にして……私は、もっとハル自身の人生を大事にして欲しいんだよ」
「ばあちゃんの方こそ……」
自分の人生を大事にって……俺と全く同じことを考えていたのか?
「ははっ! お前らは本当に良く似てる、流石は孫とババア。そして、親バカならぬ祖母バカ……散々、タカノから孫自慢を聞かされていたからな」
「あぁ、だから社長は俺のことを以前から知っていたのか」
「まさか出逢うとは思わなかったが……まぁ、不思議なもんで縁があれば繋がるってもんだよ」
「う、うーん……」
この社長と繋がりが出来てしまったことを、果たして素直に喜んで良いもんなんだろうか? 微妙。
今までとはまた別な苦労を体験していくことになりそうなんですけど⁉︎
「それにしても、ハルだけじゃコレか……」
社長がふうっと溜息を吐きながら呟く。
ばあちゃんと社長……互いの意見が真逆では、落とし所は生まれない。
ふと、シュウジさんとエナさんの平行線な会話を思い出した。
……あの二人は一体どんな結論を出すんだろう?
「とりあえず、何はともあれお前らの再会だ。おいタカノ。お前、和菓子と洋菓子どっちがいい?」
「あら、そうねぇ……洋菓子いいわねぇ。美味しい珈琲と一緒に食べたいわ」
「おいハル! お前、ひとっ走り、おつかい行ってこい!」
「え? ……それは『おつかい』という名のパシリですよね?」
「人聞きが悪ぃな。まぁ、いい。ここの通り挟んで向かいにケーキ屋がある。そこオススメのチーズケーキ4つ買ってこい。珈琲は倉庫内の事務所に寄って、アイツらに声掛けとけ」
「……はい」
俺の目の前に突きつけられた一万円札を渋々両手で受け取った。
再三言うが、俺に拒否権はない!
「経費で落とすから、領収書忘れるなよ」
「わ、分かりましたよ! あと……焼き肉の件、忘れてないですよね、社長?」
「あぁ、約束は守ってやるさ。じゃあ行ってこい」
「よろしくね、ハル。気をつけて行ってくるのよ。知らない人についていっちゃダメだからね?」
「は〜〜い……」
ごそごそとポケットから手鏡を取り出しながら、狭くて古い洗面所へ向かう。
肘を軽く曲げての合わせ鏡。
びかーーっ……しゅうぅぅ……
閃光が落ち着いていくのに合わせて目を開けると、ばあちゃんの異世界から元いた倉庫に俺一人だけ戻ってきた。
いつも社長に異世界へ置き去りにされるから、逆だとなんか変な感じだ。
習慣的にスマホの時刻を確認すると、時間の流れはどうやら現実とほぼ同じ……小さなことだけど、それを知れるだけでなんとなく安心する。
「さてケーキ屋、ケーキ屋……あぁ、珈琲も……」
ブツブツ呟きながら倉庫を出ようとして……俺はピタッと足を止める。
肩を触り、フードをパタパタし……くるっと洗面台を振り返った。
「……あれ? そういえば魔法少女ラヴカちゃん(仮)は?」




