相変わらず、話が見えてこない
「そんなうっかりさんで、よくまぁ今まで現実も異世界も生きて来れたもんだな」
溜息とともに吐き出された耳の痛いお言葉。
それを聞いた瞬間、俺の顔がカッと熱くなるのを感じ、思わず子供みたいに言い返した。
「い、いつもはもう少しマシなんですよ!」
「はいはい」
「くっ……‼︎」
ひらひらと動く掌にあしらわれてしまい、それ以上の言葉が続かない……なんか、いっつもこれだ。
この人と話していると、反射的にツッコミモードを発動してしまうせいか、冷静な判断がどうにも鈍る。
なんだか操り人形のように絡繰られているようで、自分の思うようにいかない……何か大事なことをポロポロと見落としてるような気もするけど、その意識すらも即座に霞む。
なにより……お子ちゃま扱いされているのが非常に気に入らない。
だが、憮然顔で不機嫌オーラを放つ俺のことなんてノールックで、社長は勝手に話し出す。
「お前への研修もそうだが、もう一つ二つ用事を思い出してな。今日このタイミングが実に都合がいいんで、前の現場からそのまま直行することにしたってわけだよ」
「……連続して異世界出張の予定を組まれたら、俺の身体が持ちませんよ? 過剰労働は勘弁して下さい」
言いながら、俺は腹周りを摩る。
行きたくないけど、また病院に行かないと……俺の肋骨、虐められ過ぎ!
「まぁそう言うな。お前にとってそう悪い話でもない」
「?」
そう言って社長は、くるりと踵を返し、また洗面台の間をするりと進む。
『ついて来い』と言わんばかりのその背中を数歩遅れて進みながら、通り過ぎる洗面台をさっきよりも丁寧に観察する。
倉庫内は多種多様なタイプがお行儀よく整列しているが、その中に目を引く台が数台置いてあった。
それらが中古品の並ぶ中でも最新型だから……な、だけじゃない。
キャビネットはピカピカ感を放つのに、その上で鈍く輝くのは、全面に小傷がつき、端の一部が腐食した大鏡……その対比する不自然さが俺の目に違和感を訴えかけてきたからだ。
視線が固定されると共に、俺の足もぴたりと止まった。
だが、ちょうど社長も足を止めており、くるりと俺の方を振り返った。
「あぁ、この辺のは随分と年代モノだったから、売れ筋タイプに加工してある」
「い、異世界に繋がる最新型洗面台って……」
「そこそこ一定数の需要があるんだよ」
「……どこ界隈ですか?」
「ははっ! お前の知ってることがこの世の全ての常識だと思わない方がいいぞ?」
社長に鼻で笑われ、ムッとする俺の顔が真正面の洗面台にハッキリと映る。
その鏡面の中の俺を、拳の背面でコツンと軽く叩きながら、社長があっけらかんとした声を上げる。
「じゃ、よろしくな」
「……はい?」
「ここのタカノがかなり頑固なヤツでな……お前に説得してもらいたいんだよ」
「タカノ……さん?」
………………
え?
偶然、俺の目に止まったのが……噂の『鏡の住人さん』の洗面台前ってこと⁉︎
ルーレットで大当たり出す確率並みじゃねぇ? 俺凄くない?
でも、その強運を別なところに回したいよ!
……っつうかなんで、俺に説得を頼むんだ?
意味が分からない。
このチート社長に出来ないことが、俺に出来るとは到底思えないんだが……。
俺の困惑をよそに、社長が鏡を眺めながら話を続ける。
「うちの正社員ともなると、今の契約社員よりもさらに責任が増える。それこそ今後、危険な仕事も……」
「えっ⁉︎ これ以上があるんですか?」
「ハルはたまたま、一軒目は創造異世界の暴走、二軒目は連絡鏡の破損、三軒目は素人異世界との交渉……まぁ、ちょっとしたトラブルはお前にとって今後の糧になる。何事も経験ってのは積んでおいて損はない」
「……」
改まって言葉にされると、げんなりする。
うん。平穏な行き先が一つも無かったじゃーーん!
自分の糧にする前に、俺が異世界の糧にされるわい!
「で……本来なら、保証人契約書のサインを家族なりに貰うんだが……」
「保証人? ……それって裏を返せば『何があってもお宅の会社を訴えたり致しません!』って誓約するってことっすよね?」
超絶ブラック企業! ガバナンスどこいった⁉︎
「まぁそれもあるし、『うちが責任持って社員を守ります』という、こちら側の誠意でもある」
「誠意?」
社長の辞書に載ってなさそうな言葉がそのお口から飛び出たよ。
そういえば、バイト先『キッチンわらべ』の親父さんに俺の保護者(偽)を名乗って電話してたっけ。
……社長ってのは社員を大切に扱っている……のか?
ちらっ。
目の前の目つきが蛇のような男を改めて見遣るが……優しい社長なんてのは想像つかねえなぁ。
………………
「ん? あれ? 聞き間違いじゃなければ……今、『正社員』とか言いました?」
「あぁ、言ったぞ? 日本語理解出来なかったか? 何語ならいけるんだ?」
「……むしろ社長は何語が話せるんですか?」
嫌味に嫌味を返してみるが、攻撃無効化が加護されているようなお方は、気にも止めずに先を語り始めた。
「俺も転職して今の会社に入ったんだが……仕事っていうものは自分なりにやりがいを見出していくものだ。それが何キッカケであれ、縁があったんならお前は躊躇わずに飛び込んで行った方がいい。大学の学部選びすら奨学金目当てで選んだんだろ? 将来やりたい仕事が今、決まっていないなら尚更だ」
「……」
社長が仕事の流儀みたいなのを語っちゃっているよ……就活の説明会ですか、これ?
だが……ファーストワードの衝撃が強すぎて、それ以降の部分が俺の頭にまるで入ってこない。
「えっ……社長が『ワープルーム』を立ち上げたんじゃないんですか⁉︎」
「いや、スカウトだ。俺の前職は……」
「いい! 言わなくていいです!」
咄嗟に社長の口を両手で塞いで、全力阻止!
この先を聞いてしまったら、見て見ぬ振りした色々が頭の中で繋がってしまう。怖っ!
……知ったら、もう後戻りできなくなる。
そして……毎度お馴染み、全然話が見えてこないぞ、社長⁉︎
「で、結局のところ、俺に何しろってんです? タカノさんとか正社員とか契約書とか……第一、保証人っつったって……俺に家族はもういません」
俺は自分の薄っぺらい財布から、折り畳まれた写真を一枚取り出す。
端は随分とボロくなってしまった。
手元に残っているのはこれ一枚だけ……俺の記憶にあるばあちゃんよりも少し皺の少ない顔。
膝の上に乗せられているのは小さい頃の俺だ。
「家族写真なんて、これだけです」
結局、ばあちゃんのきちんとした葬儀は上げられなかった。
簡易的な火葬式だけで終わり。
墓なんて買う金はないし永代供養料も払えないだろうからって団地の人が代わりに散骨の手続きをしてくれた。
火葬だって燃料代やらで費用が高騰変動する。
生きてても、死んだ後でもなお、金はかかるんだ。
………………
あれ?
そういえば俺が住んでいた団地のことって……この人に話した覚えはないぞ?
書類に最初に記入した住所は、ばあちゃんが死んだ後に団地から移った先だ。
それ以前のことを……なぜ社長が知っている?
背筋が薄ら寒くなり、思わずばっと顔を上げる。
すると、への字口になった社長の残念なモノを見る目と視線がぱちっと交差した。
「ハルどうした? 頭の調子悪いのか? 落ちている大福でも食べて、脳細胞がバグったか?」
「……食べた物がそのまま脳味噌には響きませんよ」
「まぁいい。じゃ、行くぞ」
「ちょ、ちょっと!」
俺の質問を完全無視して、社長は取り出したブランド手鏡を洗面台に向け、合わせ鏡!
くそーーっ! 我が道を進み過ぎだぞ、社長! セバメさんの親玉めっ!
びかーーーーっ‼︎
しゅうぅぅぅぅぅぅっ……
眩い光が収束すると……俺と社長は前後に並んで古い玄関土間に立っていた。
男二人が立つには面積ギリギリの狭さ。
手押し相撲のスタートポジション状態、どちらかが少しでも動けばコロンと転んでしまいそう。
「よう、タカノ!」
前に立つ社長が、俺のことをお構いなしで挨拶がてら手を上げた。
その瞬間、予想通り俺はバランスを崩し、後ろのドアにガンッと寄りかかってしまった。
足場が上手く定まらず、斜めになった身体は自力じゃ立て直せそうにない。
「ん? 何遊んでんだ?」
貴方様のせいだよ、全く!
「あら……遍さん、こんにちわ。何度いらっしゃっても無駄ですよ?」
俺からは丁度見えないが、室内にいる女性が挨拶と同時に、社長へお断りの文句を告げた。
やんわりとした口調だが、芯が強そう。
この声の主が……タカノさん?
傾いた姿勢で、頭だけ何とか前を向く。
その時、思いもよらない言葉が彼女の口から飛び出した。
「えっ? ハル⁉︎ な、何でここに……」
………………
「え? 何で俺の名前を知ってるの?」
崩れた格好のまま社長の脇から前方を凝視する。
レトロな和室に、若い女性……俺の知り合い?
誰だ? こんな美人に心当たりが全くないぞ?
すると、さっさと靴を脱いで勝手に室内に上がっていた社長が、呆れを通り越して失望に似た声を上げた。
「なんだ、ハル。お前は自分のばあさんの名前も知らないのか?」
「⁇⁇」




