抉れたほっぺ
ぷにぷにぷにぷにぷに……
何かが俺の頬を触る感触……冷たくも温かくもない……無機質な……ボールペンのキャップ先に連打されてるような……ん?
「おい、ハル。おーーい! 起きろ!」
「⁉︎」
がばっ!
勢いよく飛び起きる……が、肋骨の痛みでまたすぐゴロンと横になってしまった。
「ぐっ……痛ててっ……ってか、俺寝てた⁉︎」
「あぁ、寝てた寝てた。他人ん家で勝手に寝ちまうなんて、ハルは丸太並みに図太い神経してんな」
「……その他人ん家にデリバリーでコーヒー頼んでる社長にだけは言われたくないっすよ」
芳しい香りを部屋の中に広げながら、紙カップを口元に運ぶ社長にトゲトゲした言葉を返す。
俺の神経がそこいらの丸太なら、貴方様の神経は天然記念物の屋久杉並みにご立派な直径をしてるだろうに……。
「もうそろそろ片付くから、俺らも移動するぞ?」
「え? 片付くって?」
洗面所の方に顔を向けると、何やらガタゴトッと音がする。
そぉっと中を覗き込むと、緑色のツナギ服を着たマッチョなお兄さんが、洗面台の鏡に手際よく黒いビニールのカバーを掛け、それが剥がれないようにがっちりガムテープで固定していた。
……今度はどちら様の肉体派業者さん⁉︎
「仮契約でセバメと通じたから、この鏡面を使わずとも異世界側に渡れる。それまでは、うっかり不本意な転移は避けておきたいからな」
そう言いながら、社長が背中からぺらりと一枚、紙を取り出し、洗面台に貼り付けた。
ぺっ!
『交渉中』
「……そこは『危険』とか『封印』とかって文字じゃないんですね」
呆れて言葉を溢しながら、ポリポリと頬を掻く……ん?
「ちょっと……さっき社長が連打した俺のほっぺた……なんか凹んでるんですけど?」
「あ? それやったのは俺じゃねえよ。なぁ?」
そう言って、社長は誰もいない居間に向かって話を振る。
しーーん……
………………
「なっ! だ、誰もいないじゃ……」
………………
いや……違う。
テーブル上のティッシュ箱の隣に、さっきとポージングの違う魔法少女フィギュアがちょこんと……いるぅぅぅっ!
………………
ま、まさか?
恐る恐る少しだけ近づいて……美少女フィギュアとじっと見つめ合う三秒間。
1……2……3……
その僅かな時間でも十分過ぎるほど、俺の脳内に先程の仮説が止めどなく湧き上がり、大洪水!
「‼︎」
自分の想像力に耐えきれなくなった俺は、魔法少女人形からぐりんと180度回転!
テーブルに背を向けると丁度、俺は社長と向き合う形になった。
が……俺の背後に向けて、この男はひらひらと手を振ってやがる。
「……」
俺の頬の窪みと、あのフィギュアの小さな手は鍵と鍵穴のようにピタリと一致しそう……いや、うん。気のせい、気のせい。
「おい、俺らも一度事務所に帰るぞ」
ブツブツと呟いていた俺の返事を待つ素振り皆無で、社長はスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。
「もしもし、セバメ。……あぁ、ハルは回収した。今のうちにお前もあの三人の情報を集めといてくれ。あぁ、よろしく」
ブツッ!
続けて、またどこかに電話を繋ぐ。
「もしもし、ノキ。……あ? お取り込み中だ? 3? いや、そこは全部で5だろ? 忙しいならいい。まぁ、死なない程度に頑張れよ、じゃあな」
………………
ふ、不穏な会話!
またもや社長、ノキさんに死亡フラグ再発行⁉︎
「えっと……セバメさんと……ノキさん?」
「あぁ、ノキは今、お取り込み中だそうだ。また今回のルームシェア先も喧嘩別れで終わりそうだな。ちっ! せっかく今日手配してやったのに……もう少し仲良くやれよ」
「……手っ取り早く動画をバズらせたいから、そこそこお強いルームメイトさんのいる部屋……ですよね?」
そんな除霊真っ只中に電話出られるノキさん、ある意味凄くない⁉︎
「あぁ、アイツは言葉通り相手を『取り込む』から、うちの管理する①出る物件数が悉くノキに減らされちまう。うちの会社は①出る物件数NO.1を自社努力でキープしてるんだがな」
「へぇ……いや、それってめっちゃいい事なんじゃないですか⁉︎ 事故物件の除霊でしょ?」
「いや、他に①出る物件をご希望のお客様がいらっしゃっても、ご期待に応えられる選択肢をご用意できないのは、こちらのプライドが許さねぇってもんだ」
「社長……なんて仕事熱心……なんて言うかよ、こらぁ!」
危ねぇ!
一瞬、感動するところだったわ。
俺の方がおかしいんかと血迷う寸前。
っつうか『霊を取り込む』って……?
銀髪お兄さんの顔がポンっと頭に浮かんだが、のほほんとした顔か、白眼か、食事中の至福の笑みか……ゴーストバスター的に超絶カッコいい彼の姿は微塵も想像出来なかった、ごめんねノキさん。
ガタンッ!
その時、洗面所からひょこっと顔を出した作業着お兄さんがニカッと笑って、バインダーに挟んだ書類をこちらに差し出してきた。
「社長ーー! こちらの作業は完了しました! ハンコかサインお願いします!」
「おう、お疲れさん」
背中から取り出したハンコで捺印し、彼に労いの言葉を掛ける社長をふいに俺の視線が追いかけていた。
………………
ふっ……もう何が出ようが驚きませんよ。
たとえ、社長の背中から何が出ようが、いつの間にか彼の肩の上に移動してピコピコと両手を振る美少女フィギュアが俺の視界の中央に映り込もうがねーーっ‼︎




