説明してもよろしいでしょうか?
「よっこいしょ……っと」
ストッ! ザッ! パタパタッ!
池の外にいた俺ら三人プラス、白虎さんの背中でひたすら眠る氏名不詳くん……皆揃って斜面を下りて乾いた池底に降り立ち、コンパクトの所へ急いで駆けつける。
「シマウマくん!」
「み、皆……」
コンパクトの傍らに佇む彼がこちらを振り向く。
さっきまでのは無我夢中な行動だったんだろう……俺らの顔を見て、今まで忘れていた不安が遅れてやってきたのか、大きな黒瞳がウルウル潤んで見えた。
シマウマくんの足元には大の字で寝転ぶパンダさん。
落雷……いや、異世界エネルギーの通電、その衝撃を彼はモロに喰らっていた……でも……ぱっと見で火傷は無さそうだし、呼吸でふくふくな腹が上下している……どうやら気絶程度で済んだみたいだ。
「はぁ〜〜良かったぁ……パンダさん寝てるだけか」
俺がほっと胸を撫で下ろすと、丁度、気を失っていた二人からも同時に声が聞こえてきた。
「うぅ〜〜ん……」
「……うぅっ」
「パンダさん!」
「シュウジ!」
「ん、んん? えっと……手に持ってた……あれれ?」
電気ショックで記憶がプツッと途切れたからか、パンダさんは上半身を起こすと、自分の手と周囲をキョロキョロ見回す。
「……エナ?」
目覚めたシュウジさんが自分の上から転落しないようにと、シマウマくんがしゃがんで体勢を低くする。
その思いやりある彼の縞々な背中に、エナさんがそっと止まり、小さな翼でシュウジさんの顔を優しく包み込んだ。
「もう! いきなり池に飛び込むなんて……」
「えっ……あ! 落とし物は⁉︎」
「す、すんません! 俺がうっかり落としちゃったばっかりに……でも、お陰様で無事に開通しました!」
「……え? ……か、かいつう?」
彼の頭の中では、俺の発した言葉の平仮名が漢字変換出来ていないよう、はてなマークが頭上にぽやぽやと浮かんでいる。
「あの後、二人が助けてくれたのよ」
そう言ってエナさんが、パンダさんとシマウマくんを翼で指し示した。
「な……なんで、俺のこと……?」
「ごめんなさい……俺、八つ当たりしました」
「すまん」
「ごめんなさいね」
三人の謝罪に、シュウジさんはフルフルと首を横に振った。
「いえ、当然の反応です。異世界とかはよくわからなかったけど、自分が作りあげた空間なんじゃないかってのは薄々気づいていた……でも、黙ってた……言えなかった……知られるのが……責められるのが……全てを認めるのが怖かったんだ。だけど……皆の居場所も命も、俺の作ったモノが奪った……いくら謝っても許されることじゃない……」
シマウマくんの背中からトンッと飛び降り、シュウジさんは深々と頭を下げた。
そんな彼の頭にそっと自分の頬を擦り寄せるシマウマくん……あぁ、蹄で撫でるんじゃ小さな彼の身体を潰しちまうからな。
「顔……あげて下さい」
「……」
「あぁ! なんて尊いのーーっ!」
突如、白虎さんが吠えて……なぜかくねくねと悶え始めた。
………………
えっと、もしかして……脳内補完で二人を勝手に妄想しているの、白虎さん?
……ねぇ、現実見て!
今、目の前の彼らは白黒アニマル同士だからね? 想像力逞しすぎ!
BL的なめくるめく世界を勝手に展開しないでください!
その時、足元から声が聞こえてきた。
「あのぉ……そろそろ説明してもよろしいでしょうか?」
………………
「はっ! セバメさん! すんません、完全に忘れてました!」
「……うん。本当、ハルさんは清々しい程に正直ですね」
鏡の中からタイミングを見計らい声掛けしてきた彼女に謝罪し、俺達は皆揃ってコンパクトの前に座った。
「では改めまして、担当の箱庭と申します。契約中はこちらでエネルギーを安定させておりますので、空間の崩落は起こりません。お時間はそうお気になさらずに……」
「「は、はぁ……」」
最前列に座るシュウジさんとエナさんが、なんとも言えない返事をしながら小さくお辞儀をした。
「うちの社員から何か説明はありましたか?」
彼女の言葉で、二人が揃って俺の顔を見てから、また正面に顔を戻す。
「えっと……俺達は……もう……亡くなっていて……ここは身体を失った魂が作った異世界……ってことを……」
「……」
彼の言葉にエナさんがこくこくと頷く。
……改めて自分の『死』を口にするというのは……一体、どんな気持ちなのだろう。
だが、感傷に浸る間もなく、セバメさんは淡々と話を進める。
「なるほど……承知致しました。では、ここからはもう少し詳しい説明をさせて頂きますね。お二人の選択肢は二つです。①成仏 か、②異世界の再構築……なんですが……」
人差し指と中指を順に立ててピースサインを作り、その指をピコピコと動かす。
「「ですが……?」」
「この異世界はダルメシアン様とシマエナガ様、お二人分の魂という、ちょっとレアケースでして……」
「「?」」
「そうですねぇ。例を挙げるとすると……不動産のローン契約で聞いたことありません? ペアローンって……」
「「⁇」」
不動産購入とは縁の無かった二人は揃って首を傾げた。
「……はい」
「どうぞ、そちらのパンダ様!」
大きな身体で小さく挙手したパンダさんにセバメさんがさっと回答権を渡す。
「俺の知り合いが離婚する時に揉めてたんだけど……ローン契約は普通なんだが、解約するのが物凄い大変なんだって……」
「はい、ざっくり言うとその通りです。個人契約よりもやや複雑になる為、離婚時のペアローン解消はトラブル発生リスクの高い事案です」
「まぁ……家買うってのに、別れる前提でローン組む夫婦はいないもんねぇ……」
白虎さんが呆れたように呟く。
「ん? その話と異世界と……どう繋がるんですか?」
シマウマくんが素直な疑問を口にする。
「ふふっ、いいご質問ですね。契約時にもしも、お二人が同意見で①成仏を選択された場合と、お一人が①成仏、もうお一人が②再構築を選択された場合……これらはあまり難しくありません」
「え……成仏って難しくないんだ」
「あぁ、ハルさん。問題はそこじゃありませんよ? 難しいのは、お二人揃って②再構築を契約された場合です。もし、途中でお一人だけが①成仏に変更したくても、それが出来ないのです」
「え⁉︎」
「二人の魂エネルギーが融合した共有異世界なので、片方だけというのが不可能なのです。その場合はお二人共が同時に異世界を放棄して①成仏に選択変更して頂くことになります」
「……あぁ、なるほど。それは……揉めそうですね」
パンダさんは納得したのか、うんうん頷いている。
だが、俺はイマイチ理解出来ない。
「え? それの何が難しいの?」
「ハルさん、いいですか? 片方が終了を選ぶのに、もう片方は継続を望むんですよ? 余程のことがあって、二人はお別れを選ぶんです。話が綺麗にまとまると思いますか?」
………………
「あぁ、そっか……そりゃすんなりはいかないだろうね、もう顔も見たく無いほどに関係が破綻してるだろうから……確実に揉めるわ」
そう溢して、俺はちらりと創造主カップルに目を遣る。
「えぇ。ですので、お二人には最初の選択で納得いく形の答えを出して頂きたいのです」
「わ、私は……もうキッパリ成仏して、来世はシュウジと縁のない人間として生きていきたいわ」
「エナァァァァァァッ‼︎ 嫌だぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
プイッとそっぽを向いたエナさんに、シュウジさんが土下座で泣き叫ぶ!
………………
うわぁ……言ってるそばから……さっきの冷静さはどこへ行ったよ、シュウジさん。
契約解消時に揉めるうんぬんの前に、まださっきの話が終わっていないぞ、これ。
え? どうすんの?




