池ぽちゃ
「シ、シマウマくん……」
「何で……何で俺なんだよ! せっかく……ようやくチャンスを手に入れて、これからだったのに……全部全部駄目に……なっちゃって……うぅっ……」
大きな瞳からポロポロと涙を流しながら、シマウマくんが地面に膝をつき、そっと頭を前脚で覆う。
白虎さん達の話から推測するに、彼は若くて顔もイケてる青年だったはず……歳は俺と同じくらいか、もしかしたら年下かもな。
……ある日、前触れもなく奪われた日常に、納得なんて……そう簡単に出来る訳が無いんだよな。
「そ、そんなこと言ったら……私だって……まだ自分のお店を持つって夢を叶えてないのに……」
「それを言ったら俺だって、突然この空間に来て……いつの間にかパンダだぞ‼︎」
シマウマくんの悲痛な声を皮切りに、彼よりも年齢的に大人な二人からも、諦めてずっと蓋をしていた感情が一気に溢れ出す。
「ええと……」
あっちでは元カップルが揉めているし、こちらお三方は嘆きと悲しみの坩堝。
……うわぁ……これ、どう収拾つけりゃいいんだ? 皆が腹の内を吐き出し切るまでか?
俺には諭す言葉も慰める言葉も……発する権利なんてない。
「何で、こんな異世界なんかをボロアパートん中に作ってんだよ!」
「仲間だと思ってたのに……私達のこと……ずっと騙して、嘲笑っていたの⁉︎」
「おい、どうなんだよ⁉︎」
「「‼︎」」
「あ……」
混沌状態から突如、被害者三名の矛先は元凶である創造主カップルに向く!
当然と言えば当然だが……白虎・パンダ・シマウマに凄まれたシマエナガ&ちびダルメシアン。
体格差は明らかで、周囲をぐるりと高い壁に囲まれた、二人にとっては恐怖のかごめかごめ状態。
逃げ場のない状況下で、エナさんがその小さな身体を小刻みに震わせる。
その瞬間、シュウジさんが庇うように前脚で彼女を抱きかかえた。
ガバッ!
「全部俺が悪いんだ! エナは何も悪くない!」
「……ち、違うわ……元は……わ、私よ。でも……だ、騙すつもりなんて……」
端から見ると、サイズ感から完全なる弱い者イジメな絵面に、慌てて割入る。
「ちょ、ちょっと皆、落ち着いて……」
「「「不動産屋くんは邪魔しないで‼︎」」」
ドンッ!
「は?」
仲裁に入った瞬間、彼等に勢いよく弾き飛ばされた俺はコントのように派手に転んだ。
どしーーんっ!
「ぐはっ! 痛ぇぇぇっ……」
カラカラカラ……ぽちゃん!
………………
………………
……ん? ぽちゃん?
予想外の音が聞こえて、無意識にパーカーの前ポケットをごそごそと探り……うん、アレがない。
………………
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーっ‼︎」
転んだ拍子に池ぽちゃしたのは、社長から預かってきたコンパクト&ケーブルか‼︎
異世界と現実世界を繋ぐ最重要なアイテム‼︎
っつうか、黒池ってこんな近距離にあったっけ?
……いや、違う。
大岩が砕かれて倒れ、抉れた地面が池の端と合体しちまったんだ。
よく見ると、底面積が広がった分、池の水位は下がっている。
……って冷静に分析しとる場合か⁉︎
「不動産屋くん?」
「ヤバい! 池に落ちちまったアレがないと、向こうの世界と連絡取れねぇんだよ‼︎」
「「「「「えぇーーーーーーっ⁉︎」」」」」
「くそっ! どうすりゃ……あ、網でも作ってすくえばいけるか? えっと枝は……」
ど、動揺するな。落ち着け、俺。
キョロキョロと地面を見回す俺の眼球に、目の前を横切り羽ばたく彼女の姿が映り、咄嗟に両手を伸ばして彼女の白い身体をガッチリ掴まえた。
がしっ!
「ちょ、ちょっとエナさん! 一体、何を⁉︎」
「離して! 私がすぐ池に潜って取ってくるわ!」
「そんなことしたら、何があるか分かんない! 危ないですよ!」
「離して!」
ばちゃーーん!
手の中でジタバタ暴れる彼女との攻防に気を取られていた俺は、背後で上がった飛び込み音で、思わず顔を上げた。
「えっ?」
「シ、シュウジ⁉︎」
どうやらもう一人の創造主が迷わずに黒池に飛び込んだのだ。
黒い水面にコポコポと小さな気泡が上がっている部分……彼のいる位置か?
いくら彼でも、透明度ゼロの真っ黒な液体の中で、アレを探し出すことなんて不可能だろう。
「やっぱり網を……」
「ちょっと、ちょっと……何あれ?」
見ると今までフラットだった池の水面が波を立てて動き出し、ある一点で水中に引き摺り込むかのような大渦を作り出していた。
「何なんだ、これは⁉︎」
「おい、水位が下がってるぞ⁉︎」
「えっ⁉︎」
パンダさんの言うとおり、渦の外周は池全体に波及し、ぐんぐんと飲み干されるように池に満ちていた墨汁が消え去っていく。
そして……池の底が露わになった。
「そんな……この異世界のエネルギーが……枯渇した……?」




