痴話喧嘩
左手は子犬ダルメシアンくんの首根っこを掴まえたまま、反対の右掌で俺のフードの中に隠れていたシマエナガさんを優しく包み持つ。
「ヴゥゥゥゥゥゥ……」
「ダルメシアンなシュウジさん……ねぇ、まだ唸ってんの? ……ほいっ!」
くるっ!
両手首を内側に軽く捻って、俺の正面でこの異世界の創造主コンビ……元カレカノをご対面させた。
「シュウジ!」
「グゥッ⁉︎ ……ウゥゥゥッ!」
彼女に自分の名を呼ばれて一瞬、彼の動きが止まった……が、すぐにまた鼻先に皺を寄せて小さな牙を剥きだしにする。
まだ、ダメか……う〜ん、もう一押し?
「えぇと、じゃあ……」
「きゃっ! えっ? な、何?」
俺は自分の口を使って、右袖を咥え、装着していた水晶ブレスレットがはっきり見える位置にまで、ぐいっと袖をたくし上げた。
先程、ダルメシアンくんのエネルギーを吸い取ったアレだ。
じゃらんっ!
「‼︎」
自分のすぐ背後で揺れる恐怖のブレスレット……シマエナガなエナさんの緊張が俺の右手に直に伝わってきた。
「『出来ることは何でもします』って……エナさん、さっき言いましたよね? そんで『身体で払ってもらいましょう』ってことにしたじゃないですか? ご自分の言葉には責任を取らないと……」
「は……はひ……」
ガタガタと小さな白い身体が恐怖で震えている。
右手の彼女の位置はそのままに、俺は左手に垂れ下がる子犬シュウジさんをサッと地面に下ろした。
とん……
「ちょ! 野放しにしたら、危ないわよ! 不動産屋くん!」
「うーん……たぶんですけど、大丈夫そうですよ? 白虎さん」
心配そうな声を上げる彼女にそう答えた。
予想通り、子犬シュウジさんは自由の身になってもこちらに襲いかかっては来ず、でも上目遣いで睨んでくる。
この反応からして、少しずつ言葉が脳味噌の理性部分に届き始めている様子だな。よしよし。
「グルル……」
「待てっ‼︎」
「⁉︎」
俺の大声で、彼はビクッと小さな身体を縦に揺すった。
……ほら、やっぱり。あと少しだ。
彼に『待て』を続けさせる為に突き出した左手、それをひっこめるのと同時に反対手の彼女を前方に突き出した。
「はい、ご注目。こちらエナさんでーす!」
「グゥエッ⁉︎」
「えーー、見ての通り人質……ならぬ鳥質ですね。シュウジさん、貴方が無駄な抵抗をやめて降伏するというなら彼女は解放します……でもまだ、闘おうとするつもりなら……」
俺は言いながら、左手でそっと水晶ブレスレットを掴み、じわじわと右前腕上をスライドさせ……そっと手を離せば、ブレスレットがエナさんの胴体をぐるりと一周拘束できる位置へと動かした。
「ひぃぃっ!」
「俺がこの手を離したらどうなるか……わかりますよねぇ? さぁ……どうします?」
「ヴゥゥゥゥゥッ!」
「なっ! ちょっと、シマエナガちゃんに何するのよ、この悪徳不動産屋小僧ーーっ!」
うわーーっ!
どさくさに、白虎さんが俺に直球悪口ぶつけてきたーー!
さっきまで、めっちゃ味方だったじゃないですかぁ〜〜‼︎
……ま、まぁ、そうね。
この状況じゃ俺、完全に悪役だわな。
愛くるしい子犬と小鳥に対して、罪深き小動物虐待!
でもさぁ、さっきだって一応、武器を動物愛護的に網とかも選択肢の一つとして考えていたんですよ? 俺って優しくない?
「ゥゥッ……エナ……」
ざっ!
苦しげな唸りと共に彼女の名を呟いた子犬は、静かに地面へと平伏した。
「エ……エナのこと……助けてください……お願いします……俺は……どうなっても構いませんから……」
先程とは真逆……震える声で、彼が彼女の為に深々と頭を下げた。
……犬の土下座はただの『伏せ』……でも、子犬な彼がこのポージングすると可愛さ増し増しだな、と思うのは状況的に不謹慎?
「シュウジ!」
「ようやく正気に戻りましたね」
じゃらん……
水晶ブレスレットの位置を手首に戻し、右掌からエナさんをそっと解放。
すると彼女は翼を忙しなく羽ばたかせて、彼の目の前に降り立った。
「シュウジ! もう、馬鹿な真似して……」
「エナ……エナ……本当に……また会えるなんて! ごめんよ……俺はエナがいないと生きていけないんだ……」
「シュウジ……」
感動の再開……かと思いきや、エナさんが顔をプイッと横に逸らした。
……ん?
「はっ。私達、もう死んでるんだから『生きていけない』とか……関係ないでしょ? ありえなくない?」
「え……?」
突如、キャラ変したかのように先程までの可憐な口調は消え去っていた。
塩対応の小鳥、取りつく島もない。
「だいたいさぁ、私のこと何でも言うこと聞く家政婦程度にしか思ってなかったんでしょ?」
「そ、そんなことないよ! 俺はエナのこと本当に大切で……」
………………
うわぁ……正気に戻った途端に痴話喧嘩バトル勃発かよ。
ギャアギャアとまぁ……夫婦喧嘩は犬も食わないんじゃないんですか?
「う〜〜ん……」
「痛てて……」
ドン引きしながら創造主カップルを見眺めていると、後ろから声が聞こえてきたので、さっとそちらを振り向く。
見ると、さっきまで気絶していたパンダさんとシマウマくんがのそのそと身体を起こしていた。
白虎さんも気づき、酔っ払いくんを抱きしめながら二人に声を掛けた。
「良かったぁぁ! どうにかダルメシアンの坊やも正気に戻ったのよ! 不動産屋くんのお陰ね!」
え? どの口がおっしゃるんかい!
「な、何だ、そうか。彼の勇姿をこの目で見たかったなぁ……痛ててててっ……」
「とりあえずはめでたしめでた……」
「めでたくないですよ。何も解決していません」
明るい白虎さんの言葉を、重たい口調でシマウマくんがバッサリと否定した。
そしてカップルの方を睨みつけると、大声を張り上げる!
「ふざけんなよぉぉぉぉぉぉっ! なんで……なんで……お前らのこんな異世界に……そのせいで、俺の身体……無くなっちゃったじゃんかよ……」
シマウマくんがずっと溜め込んできた言葉が灰色の空に虚しく響いた。