倒壊
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ……
徐々に足場の傾斜が増していき、シマエナガさんの事情聴取から、自分が狙われている危機的現実へと意識がぐいっと引き戻された。
「うわ、やべぇ! 武器を作らにゃ……」
「え? ちょ、ちょっとこんな時に何を⁉︎」
「こんな時だからこそだよ!」
シャッ、シャッ、シャッ、シャッ!
俺は慌てて、地面に残った墨溜まりを利用して超速筆で絵を描き上げ、それらを掴んで一気に空間へと引っぱり上げる。
ずるずるずるっ! すぽぽぽんっ‼︎
引っこ抜いたことで追い討ちがかかったのか、直後に足元がプラス30度くらい派手に傾いた!
ぐらぁっ‼︎
そしてそのままの勢いで地面へと大岩が倒れる!
「うおっ⁉︎」
「きゃあぁぁぁっ‼︎」
ズドォォォォーーーーンッ‼︎
………………
………………
パラパラパラパラ……
大岩は見事なまでに横倒しとなり、地面との衝突で飛散した白黒の破片が空へと一気に舞い上がった。
「ふ、不動産屋の坊やーーっ‼︎」
その漂う砂埃で覆われた向こう側から、俺を呼ぶ白虎さんの声が響いてくる。
だが、無事を伝える返事よりも先に、俺の口から反射的に大きな声が飛び出していた。
「危なぁっ! っつうか、この大岩の根本を砕いたのか⁉︎ はぁ? いくら岩に登れないからって、乱暴にも程があるでしょうがーーっ‼︎」
ビヨン、ビヨン、ビヨォォーーン……
しなる竹にしがみつき、前後に揺れながら文句を垂れていると、それが安否確認の返信として彼女の耳に届いた。
「えっ⁉︎ 坊や⁉︎ 無事なのね、良かったぁ!」
数秒前、大岩の隣で空へと高く伸びる竹の群生へ咄嗟に飛び移り、倒壊の道連れから逃れたのだ。
ふぅ、ギリギリセーフ!
「今のうちにちょっとだけ仕掛けて……っと」
仕込みをしてから、ポールダンスの要領でゆっくり竹をくるくる旋回しながら安全に下りていこうとして……地面と先端との中間地点で華麗な下降をピタリと止める。
「ん?」
視界が徐々に開けてきた俺の眼下……地面にはパンダさんとシマウマくんが何かに弾き飛ばされたような距離で倒れている。
そこから少し離れた位置には酔っ払いくんを背負い守る白虎さんの姿も目に入った。
「お、おいっ! あっ!」
三人のその歪なトライアングルの中心から俺を見上げてくるのは大岩破壊犯、漆黒のダルメシアンくん……いや、オルトロス!
「二人は彼を止めようとしてくれてたんだな……申し訳ない」
「ね、ねぇ! 君の武器って……それ⁉︎」
パタパタと俺の側に舞い戻ってきたシマエナガさんが裏返った声を上げる。
……もしかして、俺の『武器』がお気に召さないご様子?
「ん? あぁ、そうだよ」
言いながら、俺は握っていた柄の長いエモノをくるんと回した。
「これがベストな選択だと思ったんだけど? 俺の目的はこの世界での『交渉』であり、酔っ払いくんの回収、そして無事の『帰還』だ。別に貴女の彼氏さんを傷つけたいわけじゃないから……」
「シュウジはもう彼氏じゃないわ! お互いもう死んだんだから元・彼氏よ!」
「……え? あ、あぁ、はい」
可愛い小鳥に強い口調で訂正され、俺は素直に返事をした。
「「グルグァァァァァァァッ‼︎‼︎」」
下からはオルトロスの『何いちゃついてんだ、さっさと降りてきやがれ、てめぇ!』と言わんばかりの咆哮が響く。
……ん? やっぱり僅かばかりは意識があるのか?
ちらりと彼を見遣ってから、視線を目の前の彼女にさっと戻す。
「シマエナガさん、ちょっと目回るかもしんないけど、しばらく服ん中に隠れてて」
「わ、わかったわ!」
ひゅるんと俺のフードの中に滑り込んだ彼女を確認してから、また竹をくるりと大きく一回転。
「あの耳に言葉は届いていかないから、今の彼と『交渉』は無理……」
ひゅーーん、ずだんっ!
今の回転を助走にして、地面へと一気に降り立つ!
じーーーーんっ……ビリビリビリビリ……
ぐおぉぉぉっ、しまった、肋骨ぅぅぅぅぅっ‼︎
足先から伝わる振動で、忘れていた痛みが揺さぶられる。
あぁ、俺のバカ!
胴体を押さえ、身体を折り曲げ悶えながらも、眼前の相手からは目を離さない。
「……だったら、こっちの言葉に耳を傾けて貰えるお身体になって頂きましょうか」
「「グァァァァァァァーーッ‼︎‼︎」」
静かに発した俺の声は、オルトロスの叫声に丸飲みされるかのように掻き消された。




