小さな白い家
予想外の言葉でキョトンとする彼女に向けて、俺は言葉を続ける。
「それに、シマエナガさんって……本当は、うすうす気付いていたんじゃない? 創造主が誰かって……」
「!!」
俺の指摘で、彼女の顔は一瞬で真っ青に変化した。
「そ、それは……もしかしたらって……思ってはいました。見れば見るほど……創り上げられていくこの空間が、シュウジの『作品』の中そのもののようで……だけど、どうやってそれを確認すればいいかもわからず……」
泣きだしたいのをなんとか堪え、目に涙を溜めたままその小さな喉から言葉を絞り出す。
ガリガリガリガリガリガリッ‼︎
「「⁉︎」」
再度、下方から何かを削る音……それに振動も加わり、身体の奥にまで伝わってくる!
「やべっ、あんまり時間がないな……マジで自己弁護の言い訳とかいらないんで、本音で話してくださいよ。シマエナガさん達のことと、この世界で目覚めてからのこと……」
「は、はい。えっと……あ、ある時気づいたら……私は真っ白な空間に横たわっていて……最初、夢だと思ったけれど……少し経ってから、自分が車に轢かれて死ぬ瞬間を思い出したの」
目を閉じ、一つ一つを思い出すように彼女が語り出す。
「『あぁ、ここは死後の世界なんだな……』って無意識の中で悟ると、不思議と切り替えは早かったわね。私は色々と試してみて……この空間は頭で思い浮かべた物が具現化できることがわかったの。それで、まずは手始めに白を基調とした、小さな家から作り出した……」
一瞬、俺の脳内に『ワープルーム』の内装が浮かんだ。
「小さな家なんだけどね、私の理想を詰め込んだ……生きてる内には叶わなかった理想。それから少し経って……ある時、家の付近に黒い水溜まりが現れた。『あれ?』って思って振り返ると、そこにはぶわぁっと水墨画の世界が一気に広がっていったわ……懐かしくも……恨めしい世界」
「恨めしい?」
意外な単語が彼女の口から出たので、思わず聞き返す。
「シュウジは水墨画のアーティストでね……まだ、売れてない彼を私はずっと応援し、支えていたの。あのアパートで、床に手を着き画仙紙に向かう彼の為、毎日身の回りのお世話に通って……創作活動中の彼の集中力は凄くってね……周りの音なんてまるで届かないし、ご飯を食べることも忘れちゃうの。白い服に墨を飛ばして、顔も黒く汚して、一心不乱に筆を動かし……いつしか彼の目に私は映っていなかったわ。あれは……私達は……付き合ってるって言えたのかな? 私の一方通行な想いで……」
「……まぁ、俺が知り合いだったら『そんな男との付き合いは止めた方がいい』って釘を刺すわな」
俺の言葉でシマエナガさんは悲しそうに笑った。
そして俺自身も……彼女の話を聞いていて、なんだか胸がザワザワした。
会った覚えのない俺の親父は売れないミュージシャンだったらしいし、そいつに入れ込んで俺を捨てた……親と呼べない母親。
愛だの恋だのだけで生きていけるほど、この世の中は甘くない。
それを乗り越えるだけの覚悟と互いの信頼関係があるなら、また話は別だろうけど……。
「そして、あの日……暑い中でエアコンもつけずに作業している彼にとうとう『もういい加減にして!』って怒って、部屋を飛び出して……そこで……私は道路で……」
彼女の瞳からポロポロと涙がまた溢れ出した。
「この水墨画の景色は、もしかしたら私の記憶が……心が生み出した光景なのかと思って……世界を見回ったわ。色々試してみたら、人型では飛べなかったんだけど、姿を変えることはできたから、鳥に変身して空の端まで飛んでみたわ。ありもしない出口を探したこともあった……」
「あぁ……パンダさんの言ってた岩山の人影はシマエナガさんだったんですね」
疲れ果てて岩山で休んでいた彼女の影、それが偶然にもパンダさんの希望となったんだな。
「えぇ、おそらくね。最初の頃はまだ人型に戻れていたから……自分の意思で姿を変えられていたのが、ある時からそれが出来なくなって……別な力の存在を感じるようになったの。この世界は私だけの物じゃ無いってことに、そこでようやく気づいた……」
白と黒……相反する真逆の色彩。
この異世界は片方の世界観だけが色濃く反映されている。
彼の思考の具現化力の方が彼女のより強く、いつの間にかこの異世界を支配したのだろう。
「もしかしたら、彼が? ……って思ったわ……でも、認めたくなかった。だって……」
ぐっ、と……一瞬、言葉に詰まったかと思うと、彼女が悲痛な声を上げる。
「ねぇ、なんでシュウジも死んだのよ‼︎ なんでここにいるのよ⁉︎ 『世間に認めてもらうんだ』って、ずっと……ずっと描き続けていたのに……だったら、私は一体なんの……なんの為に……」
「……彼がどうして亡くなったかは、情報が無いんでなんとも……」
死因が自殺か、他殺か、事故死か……どれであったとしても、彼女は納得できないだろう。
亡くなる直前まで、彼女が献身的に掛けてきた時間も熱意も労力も……全ては報われることなく、彼の人生も終わったのだから……。
でも、ちょっとだけ安堵したこともある。
社長が車の中で言ってた事例通りじゃなかった点だ。
あれは、フラグかと思ったんだが……。
俺は周囲をぐるりと見回して、また深く溜息を吐いた。
「はぁ……まぁ、こんだけ出来上がっちまった異世界をひっくり返すには、誰かの力を借りないと無理だわな。それにしても……シマエナガさんは彼のこと、今はどう思ってんの?」
「え? どうって……」
「俺が言うのもアレだけど……ダルメシアンくんて、才能はあっても、生活能力ゼロなダメ男じゃん? しかも、俺の知ってる情報を吐かせることなく、襲おうとするとか、計画性まるで無いし……それなのにそんな彼を『助けてください』って……まだ未練タラタラ?」
「わっ……わたしは!」
反論しようとしたのか、思いがけず彼女の口から大きな声が出た。
「……今、私達が乗っているここ……元は私が最初に作った白い家だったの……なのに、なんか……こんな大岩にされちゃった。いつもいつも、私の気持ちなんてまるで無視で……本当に酷い男なのよ。それでも……シュウジが化け物になるのは……やっぱり嫌なの」
そう言って彼女は、翼をそっと広げて、ぺこりと頭を下げた。
丁寧な身のこなしが元々の育ちの良さを物語っている。
まるで貴族令嬢の挨拶、カーテシーみたい……って、本物のお貴族様なんざ見た事はないけどな。
「私にできることはなんでもします。お願いします。貴方の力を貸してください」
「……なんでも?」
「え?」
「じゃあ……身体で払って貰いましょうか?」
そう言った瞬間、大地が大きく揺らいだ!




