人間を辞めていらっしゃる
い、一体……どうなっているのよ……?
白虎さんの言葉をそっくりそのまま反芻しながら、目の前で起きている彼の変化に俺の瞳は釘付けとなっていた。
じわじわじわじわ……
ダルメシアンくんの白地に黒の斑点模様だった身体……元は八割を占めていた白色部分をみるみる黒色が滲むように侵蝕していく。
ごきっ……ごきっ……ごきごきごきっ……
耳を塞ぎたくなるような骨音を鳴らし、無理矢理に体積をボコボコ膨れ上がらせ、異形の獣の型が形成されていく。
ずぼっ‼︎
そして、真っ黒な胴体から勢いよく黒犬の顔が突き出た瞬間、皆の口から言葉が漏れ出た。
「うええっ⁉︎」
「「「ひぃっ‼︎‼︎」」」
「シ……シュウジ……」
返事をするかのように、ダルメシアンくん……いや、先程までそうだった者が激しい咆哮を上げた。
「「グァァァァァーーーーッ‼︎」」
思わず両手で耳を塞ぐ!
う……うるせぇーー!
バカでかい、二倍の音量が耳から脳内を突き抜ける!
まぁ、騒音ボリュームアップは当然か……なんせ口元が二つに増えているんだから……。
黒ゴーゴンをガブガブ喰らい、その身に取り込み融合した彼は、最終的に犬頭を一つ余計に生やし、尻尾は蛇に変わっていた。
あれって、なんだっけ?
なんかの本で見たことある気がする。
ケルベロスじゃなくって……あぁ、双頭だからオルトロス……たしかギリシャ神話の怪物。
ちらりと横目で、シマエナガさんを見遣る。
ただでさえ小さな身体はさらに一回り小さくなり、小刻みに震える白色な翼は透明に近づいたように錯覚する。
……まるで、消えてしまいたいと願っているかのように……。
「「グァァァァァーーォォォォォーーッ‼︎」」
「くっ!」
二度目の咆哮!
ビリビリと空気を伝わる衝撃波で、俺達は数歩後方へと押し下げられた。
ずさささささーーっ!
「ははっ……なんでもありだな。無茶苦茶だ」
「ど、どうするんだ⁉︎」
「いやぁ、気持ち悪いっ!」
「ダ、ダルメシアンくん……なんで……」
ばっ!
呟いたパンダさん、白虎さん、シマウマくんの三人が同時に俺を振り返る!
不安と期待の入り混じる瞳。
………………
えぇ、俺言いましたよ。
『契約社員で、話があってこの異世界やって来ました!』とかなんとか……。
さっきペラペラと調子に乗って話したことを今、激しく大後悔!
俺……なんかこの異世界の命運を託されちゃってたりする……よね?
ん?
視線を感じて眼球を動かす。
………………
おいおい。
震えてたシマエナガさんまでもが、潤んだ愛らしい瞳で俺を見つめてるぜ!
………………
ってか、どうすっかなぁ……はっきり言って、残念ながらノープラン‼︎
黒い怪物と化した彼から視線を外さず、この場の全員に焦りを悟られないよう顔面は平静を装う。
だが、こめかみを伝う大量の冷や汗を止める高等ごまかし技術をあいにく俺は持ち合わせていない。
ギロッ!
その時、鋭い漆黒の瞳が横に動き、俺を捉える。
おっ?
……ギリギリ、彼はまだ自我を保っているのか?
もしや、まだ交渉の余地……あり?
「グァァァァァォォーーッ‼︎」
一瞬ふわりと浮上した俺の願望虚しく、もう一つの犬頭が顎外れるんじゃないかと思うくらいの大口を開けて吠える!
ひいぃぃぃっ! 前・言・撤・回‼︎
もう人間を辞めていらっしゃるーーっ‼︎
号泣しそうな気持ちを腹に押し込めて、頭を全力フル稼働‼︎
考えろ! 考えろ! 考えろ!
「「グァァァァァォォーーッ‼︎」」
ヒーローの変身シーンをちゃんと待ってくれる怪人とは大違い!
オルトロスは断末魔に似た叫声と共にその黒い巨体で、まだ考えのまとまっていない俺に飛びかかってきた!




