交渉は実演販売に似ている
異世界に渡ってくる前にあの人から手渡されていた物をポケットから取り出し、皆さんに見えるように上へと掲げる。
スチャッ!
十の瞳が不思議そうに揺らめきながら、一斉に俺の掌を見つめる。
すると、パンダさんが首を傾げながら口を開いた。
「それは……何に使うんだい? あ、えっと……あれ? 君の名前……」
「ん? あれ?」
彼の言葉でお互いに名乗っていなかったことに初めて気付いた。
………………
まぁ、さっきまでは皆さんの口からメェメェガウガウと解読不能な鳴き声が出てたから、名乗るどころの話じゃなかったんだけどね。
「あぁ、そういえば自己紹介してなかったですね……うーん……ですが……今は止めておきます!」
「え? な、何? ……なんか感じ悪くない?」
俺の『名乗らない宣言』に対し、白虎さんがイラッとした声で噛み付く。
「『いえいえ名乗る程の者では御座いません』……とか言っちゃいたいんですけど、ここは俺にとってもまだまだ謎だらけな異世界なんでね。下手に自分の名前を口走って何かまずいことが起きてはいけないので……念の為の用心です。個人情報保護の自衛ですよ」
「なっ⁉︎ い、異世界⁉︎」
ザワッ‼︎
俺の言葉で全員の顔が揃いも揃って青ざめる……いや、嘘。眠る一名を除く。
全員の顔をざっと流し見したが……本当に驚いている様子。
やっぱり創造主自身、この異世界が自分の魂エネルギー製だってこと……知らないんだな、うん。
どんっ! どさっ!
「え?」
………………
それは、一瞬。
一人うんうんと頷いていた俺……気付いた時には、頬が地面に密着していた。
そして、感じたことのない質量が背中に加わり、俺の身体は悲鳴を上げる‼︎
ミシミシミシミシミシミシッ‼︎
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
くそっ!
創造主からの不意打ちか⁉︎
こんな力があるなんて……。
ぎりぎりと拳の中の物を握り締めながら後悔する俺の背中から、鼻息荒い声が響いてきた。
「き、君は……何者なんだ? 何を知ってるんだ? なぁ、ここから出る方法は⁉︎」
「ぐぅぅっ……ん? んん? シマウマくん?」
………………
あ……。
動揺した彼が俺に覆い被さっただけか。
予想外……って、いやいやいや!
草食動物くんの全体重乗っちゃったら、たかが人間の身体なんて潰されちゃうよ⁉︎
ちょっとは遠慮してくれ!
ひいっ、痛えぇぇぇぇぇっ‼︎
ギリギリ生きてる肺をなんとか稼働させ、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「と、とりあえず……どいてくれ……」
「あっ、ごめんごめん!」
彼の蹄跡が付いてそうな背中を摩りながら、よろよろと立ち上がり、今度はさっきよりも深く息を吐いた。
うぅ……吐き出した分、吸いこめるはずの酸素がなんだかすんなり入ってこないぜ……内臓のどこかも故障してるんか?
でも、やらねば……よし……『交渉』だ!
「ご、ごほん。改めまして……不動産会社『ワープルーム』契約社員として、この異世界の創造主さんに話があって来たんですけど……創造主さんは……どうもここにはいらっしゃらないみたいですね?」
「こんなイカレタ空間を創る奴でしょ? 話が通じるとは限らないじゃない……」
ぶすっとした白虎さんがそっぽを向く。
「じゃあ……ここにいる方達だけに、とってもお得な情報なんですけど……俺の持っているモノ……実は、この世界のエネルギーを吸い取り、その力で現実世界と繋がれるんですよぉっ!」
「「「「「⁉︎」」」」」
「あ、皆さん……顔に『嘘だろぉ?』って書いてますよ? 正直ですねぇ。……あ、そうそう! ちなみに、ここの異世界はもうあまり保たないと思いま……」
ガラガラガラ……
場面にドンピシャなBGMのように、俺の言葉の途中で、遠くから崩落音が響いてきた。
皆、揃ってそちらを振り向く。
「ほらほら、あまり時間がありませんよ? さあさあ皆さん、どうにも俺の話が信じられないみたいなんで……百聞は一見にしかず! 物は試し! ……やっちゃってもいいですかぁ?」
「「「「「あぁ……うん……」」」」」
なんか……実演販売の人みたいな口上だな。
自分で言いながら、頭の冷静な部分がツッコミを入れる。
ただ、五人は今……確かに頷いた。
この中にいる創造主も……頷いたんだ。
「これは……『ご了承頂けた』ということで……」
まるで悪徳業者のやり口。
騙し討ちのようだが、何一つ嘘はついていない。
先に嘘をついているのは、そちら側なのだから……。
「では!」
俺は手を高く空へと伸ばしてから、地面に向けてその手を一気に振り下ろす!
瞬間……
「ダメーー‼︎」
どんっ!
俺の手にタックルしてきたのは…… 小さな白い身体のシマエナガさん!
俺の手から離れたそれはひゅんと空を舞う。
……だが、予想していた俺は反対の手を咄嗟に伸ばしてナイスキャッチ!
「あれ? これを使うと……何かまずいことでもありますか?」
「……」
ダダダッ‼︎
「グァァッ‼︎」
じゃらっ!
俺が彼女に問う為に向き合った隙に、今度はダルメシアンくんが俺の掌からそれを奪い取り、口に咥える!
ざっ!
歯を剥き出し、敵意に満ちた表情。
「やっぱり……貴方達が創造主さんだったんですね、お二人さん」




